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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

ことば 8.01ver. 報告/海馬/訓練

最近過去の話をしてくれる。

 

先日、がっこうから、鬼の工作を持ってかえってきた。鬼はすごく今年はブームで、ボランティアさんたちがしてくれた鬼の豆まき遊びがたのしかったらしく、まだ今も家でやってます。

家でやる豆まきは寸劇で、片付けないぬいぐるみたち(しまじろうと仲間のぬいぐるみは人格を持っていて片付けない人たちって設定です)がダラダラとブロックや積み木をして遊んでいて、そこに別のぬいぐるみ(わんわんという犬)がやってきて、おかたづけしないとおにがくるよ。と言ってさっていく。

みんなはおになんてこないよ。というのだがそこに、鬼がやってきて片付けしない子は誰だあといって怖がらせてみんなが豆をぶつけてあそぶ。

というものです。

さてそれぐらい盛り上がっている鬼あそび。

 

学校で、ハサミの使い方が前より上手に思えたので、先生と話した結果、工作とか持ってきてくれたらやりますよって話が出たので、筒型の工作で、赤鬼(断面が四角になる)青鬼(断面が三角になる)黄色鬼(断面は丸)をもっていってそれでもよくあそんでいました。

 

年度末でその鬼の工作を持って帰ることになったとき、黄色と青しかいなかった。

あれ?前の日は赤もみたけどな。と思って持って帰ってきた。

息子に聞いても赤の鬼がどうしたかの返事なんてどうせないし、まあどっかからでてくるでしょうとおもったぐらいで、帰宅後とりあえず鬼を飾っておいた。

ら、息子がわたしのところにきた「おに あか おに こわれた」と教えてくれた。そうか。なんかの理由で壊れたのでいないのか。とわかった。

 

歯が抜けて、いろんな人に報告したい。

まずホースセラピーの場所でも報告したい。したいといってもホースセラピーは大人気で予約が先まで取れてない。毎日報告したがってた。「馬の名前くん はあぬけた いいたい」とのこと。(馬の名前=その場所のことになってる)

昨日その日がやってきた。お父さんと行った。

今朝、「馬の名前くん はあぬけた できた」とそこの写真を見ながら、言ってきた。報告できたってことかな。同時に、二ヶ月に1回ぐらいお世話になっている、作業と言語の先生の写真を貼って、「〇〇せんせい はあぬけた いいたいー」とのことでした。

月曜日ぐらいから彼らにやたら会いたがっているのは、訓練がしたいのでなく、はがぬけたことをいいたいのだね。

 

過去の報告、未来にしたいこと。そういうのは昔だって伝えてきてたのかも知れないけどわたしにわかりやすい伝え方ででてくるようになってきた。

 

先日、息子の脳みそを撮影してもらい(あたらしく訓練でお世話になれそうな病院だったので行ってみたけど、ここも大人気でどうやら訓練自体はほぼ回って来なそうだわ)

 

そこで辛い思いしてとった写真を見たら(辛い思い=想像ができないのでどんな怖いことが待ってるかと不安が募っちゃうのです検査とかって)海馬が立派で大きかった。

ちゃんと記憶はたまるかんじだった。

いい海馬の写真だよと先生。

脳の回路の信号のいきかたやら処理は何か普通ではないのだろうけど、金庫はちゃんとあった。

 

言語の先生に、立派な海馬と言われたよと写真をおくってみたら、これからも脳を鍛えていこう。と冗談をくれました。

 

記憶はちゃんとしていて、一年とか2年前に好きだったおもちゃとかも探したいとわたしのところに来る。使わないのかと思ってわたしが誰かにあげてしまったりしてるものがあり、ごめんないねん。といってもあげた意味がわからないから、あるはずだ!という心を示してくれる。

ああ、記憶の力はあるんだ。

 

やっぱり楽しいことをいっぱいしたら、それが記憶になるのだろうし、何かを頑張ることも記憶になるのだろうし、自分のペースで自分が頑張ろうとおもうことがあるようなら、いくらでも手を挿し伸ばそうと思った。

 

過去の報告も、すごくいい経験をしたり、きになる経験をして教えてくれてるんだなとおもった。

 

赤鬼ないの、さみしいねえ。とか話す。

 

さみしい うれしい そういう言葉はまだイメージとひっついてないところもある。

それは感情がないって意味じゃない。感情はあるのだけど、それが言語化されてない。思いはあって生きている。

 

だから最近かっこいい?らしきものも かわいいねえ って全部それで表現するようになってる。いいね感覚ねたぶん。

それもまた成長だなあっておもって、もうずっと喋らないまんまじゃないかとマジに思いながら訓練とかかよっていた。訓練の先生は それはないない と毎回わたしに2歳ごろでも言ってくれてた。

 

訓練さいきんいろいろとおわったけど、一番最初に訓練でお世話になった先生は、息子ちゃんどっかなんかどこでもいいから訓練続けてください。といわれる。先週の先生との最終日にも、続けていくことはできるとこありますか?と聞かれた。

 

訓練は魔法ではないけど、あきらめずに、無理なく取り組む内容は今こんなことという視点を、ロジカルにもらえるのは訓練の先生から。

 

やってるのは当たり前のことを丁寧にしてるだけ。魔法はない。

 

だから訓練必要ないという人もいてそれも然りだと思う。自分で上手にフォローできる人だったり、周りの支援の環境がととのっているひとなら、必要ないという思うのも自然なことだと思う。

 

わたしには、どのぐらい頑張ってるのかを言語化したり、データ化したりしておくと、やることが見えてきたり、本人に無理難題をさせようとはしないことも明確化することもできて、いい取り組みで、利用していきたいと思う。

他の人と共有しやすくなる。お母さんの話ばかりでは検証しにくい共有できにくいことってあると思いますので。

 

 

訓練士さんの視点で、うちの子ができないことを説明してもらうと、そうかだいぶ頑張っていてもできないのだな。と、教えてもらうことがおおい。

それが一番わたしはありがたい。わたしの拙い想像力で気がつかない息子の頑張りをしれます。

 

ので、わたしは結構専門家で気のいい人たちを愛しております。

そんな人たちに、はがぬけたのをみせたい と思った息子さん。いい線いってるとおもいますよわたしは。彼らはねえ仕事を淡々としてるだけでなく、思いがのっかってるのですよね・・・

 

一対一のガチンコ勝負@訓練。わたしはねえ、すきです。彼らのどやったら引き出しが増えるかなというのを色々模索してくれる様子が。