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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

またきた装動

前回の装動はやりは17年年末から18年年始だった。

 

エグゼイドの放送は16年秋からのおおよそ一年ぐらい。だったのだけど、終わった後すこしたった冬に突然せっせとくみたてるのをしたがった。

 

 

このときもがんばっていたけど、細かいところは親に頼みながらあそぶかんじだったのだけど、(だいたい10分とかおきによばれる。外れないくっつかない、どことどこを引っ付けるかわからない。とかそんなので)

この度19年2月のブーム(2月初旬からかな)は、一人で2時間ぐらい格闘して、組み立てては違うのに変化させたり。違うモードに付け替えたりしている。接続するパーツもどこの位置にどうするかだいたい覚えてるので、私たちが代わりにあの頃作ってるのを横で見ていて覚えていたのかもしれないと思う。

図を見て私たちはやってたけど、彼は記憶でやってる感じ。

 

集中して、いろいろ試す。

 

巧緻性が高まっていて(ほんとにおどろく。とはいっても当社比)細かい作業ができる。私に助けも求めず黙々と作り、できたらおしえてくれる。

「ままーちゃんばらげーまーできたあ」とかね。

 

食玩なのでプラスチックがだいぶゆるくになっていて、固定がしにくいしこけやすいけど、バランスが持てて立てるところまで調整する。

力の加減と忍耐力も増している。

 

集めてみたら総額で高いおもちゃになる食玩。そのわりにちゃちい食玩。すぐ壊れる食玩。でもこの2年後の活動の差をまざまざと眼の前で見ていると…買ってよかったね。とおもったわ。値打ちあるわーと。

 

やっぱりおもちゃはね、すごいです。おもちゃはしたいものをあげてさせたらいいとおもう。

 

そして何よりも驚いたのは何も言わなくてもかたづけることだ。

 

 

おふろはいるよーっていうと、最近は おかたづけ おかたづけ と言いながら箱に入れる。

かたづけなさいはいわないでも。

どうせかたづけへんやろ!っておもって、お風呂に私が行こうとしたら、急いで片付けだすのね。

 

ええええ。それは学校やデイサービス、外での活動のおかげとかかなあとおもう。

 

 

おもちゃ遊びはやっぱり大事だ。

 

同じおもちゃでもこんなに遊び方が変わるのか。とおもう。2年前と同じことはしていない。

そして息子の記憶力はね、あるのね。名前とかも覚えてたしね。学習をしているのだね。分類とかね。

 

そういえば粘土も感覚遊びから、何か形を作り出したりすることもでてきた。

 

 

いろんなことはその人がその時レディになったら始まるんだな。

っていうのがよくわかるのだ。だからどうせできないと決めつけず、後でできるようになるのかもしれないと思って、機会を作ったりして観察しておくのがいいとおもった。

できればそれは楽しくていいものって雰囲気であるのがいい。

たとえうちの子が手を伸ばさなくても。

 

それはうちの子を育てるにあたり核心をついてると思うのを改めて再確認できた。

 

 

 

難しいのは学校。

周りのこと水準が違う。そうなると別れて分けて行動したらいいってなる。

それももったえない。

これはいつも答えがなくて困る。どういう育て方をしたいかってところだけだとおもう。

学校には私の思うことが、共感のない先生もいるかもしれない。その中でも、よっしゃ協力してやるか。ってなるような、対話をもちたい。

友達など、それぞれの子たちと異なる子たちと交わる機会をもつのは、うちの子だけでなく全員の権利だと思うよという。そんな考えが少しでもひろがれば私は幸せだ。

 

周りを見てるから知ることって多いので、みんなの中にいる時間も持って育てたいと願っている。

 

その辺を今日は整頓しに、ドクターに会いにいく。半年ぶりですね。

 

ある日、なんでかオラオラしてる配置で学校に行く前置いて行った。なんや。こりゃ。

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