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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

ことば 7.05ver.

最近学校でもデイサービスでも、様々な先生やスタッフさんに言われるのが

 

 

言葉が出ている、前より。

そして会話ができる!やりとりができるー!と言われます。

 

皆さんが褒めてくださるように、息子の成長もあるとおもうけど、皆さんも付き合いが長くなって来て、ちょっとした息子の発信に気がついてくれることがあったり、息子も皆さんとファミリア〜になってきてるのだとおもわれる。

 

わたしがすきなのは、学校についてまず窓から担任の先生がいるのか確認している様子。

 

先生はいない率も高い。いそがしいのよ。

 

息子以外のクラスメイトも先生が大好きだから、それぞれの子のところに送って行ったりとかあります。みんなじぶんでできるけど、できるからとかそういうのでなくて、気持ちの支えなのよ。

ちょっとした声かけとか肩押しで安心するんだとおもう。

やっぱりいつでも愛情はあるのだけど、形 ことばや仕草とか で表しあうことで安心するのだとおもいますのだ。

ひつようですのだー。

 

いないと

 

せんせい いない ない。 と言ってちょっと寂しそう。

 

先生が遠くからおーい!とやってるとき 同じ動作を真似して近づいていく様子もすごく好きです。

ああ、やりとりだなあ。しみじみしちゃう。

 

 

自分の担任の先生以外も、ハグしてくれたり。。。甘えていたね。そのときも。

 

ランドセルを最近は暑いので背負わない(怠け心の重い暑いしんどいとかもあるだろうが、汗の密着した感じが苦手な感覚なのもありそうな気がしているのでした、かあさんは。今の場合。)

以前、運動会の練習の時、一人ちゃんとしてなかった子を、個別呼び出しで、めっちゃ叱ってたのを見たことある怖い先生にあったとき、お母さんがランドセルを持っていたので、ああ、お陀仏。ちゃんと持つよう言われるかなと思いきや・・・

 

その先生、挨拶を目線を下げて丁寧にしてくださり、あら、息子ちゃんランドセルは?ああ、汗の感覚がしんどいのかな?と突然おっしゃった。

びっくりした。

 

それまで、どの先生にも、いつもわらってごまかしていたので。

あれ?ランドセルは。といわれるむすこのよこで、あはははは、家出るときは背負ってたんですがーとか、ごまかしてきた。

いちいち感覚がとか本当かわからない本人しかわからないことを代弁するのもなあ。とおもって。ただ、背負わない。でも学校には行くらしい。でいいのではないだろうかと思い。

 

ああ、すごいなあ。この先生にとってはまず来たことでうちの子はおっけいなんだ。

わたしとしてはうれし。

運動会の時叱られてた上級生はきっと、先生にとりもうちょっと頑張れる子だったんだ。先生の心意気。

 

うちの子とは関係ないけど、支援級の先輩が朝礼とか集会の時体育館の開け放たれた入り口に座ってそこにいるのが、みていていいかんじ。

 

苦手な感覚、雰囲気はあるから中に入って列の中にはいないけど、あれはみんなといる意思なんだとおもうの。

嫌だったら逃げてしまうだろう。

でも彼はずっとそこにいて、多分子供の中に彼なりにいるのだと思うの。

そこでみんなの歌を聴いていた、先輩。

 

うちの子もそうやって自分の居かたをみつけて、できることをやって、子供の近くにいれたら嬉しい。

こどもはこどものなかにいたい。

ひとはひとのなかにいたい。できたら自分にとって心地いい安心する感じでみんなのなかにいたい。そんなものなんじゃないかなとおもう。

 

同じことができなくても、彼はいっしょにいるんだ。と思って今日も彼を見ていた。彼の様子がすごく可愛くて。

とてもいいかんじ。

 

うちの子も苦手だ、朝礼とか集会とか。うちの子は、なかにはいったり、結局いかなかったり、彼と同じ位置で見ていたり、バラバラ。

 

その度に人手がかかるので、先生たちには人の工面で工夫を強いることになってしまう。しかしできるやりかたで、機会は作ってもらっております。
教育を受ける権利をとても大事にしてもらっているなーと思います。

 

そうやって皆さんに機会をもらっているから、少しずつ言葉でもやりとり、あまり深いやり取りではないけども、そういう風に成長できたのかなと思います。