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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

スポーツ

私は部活はしていない。

文化部もはいってない。

両親は運動部にはいってほしかったみたい。

わたしは体育も苦手で、通信簿も2だったし(毎日行ってるのに通信簿2ってなに?と義父には笑われた)

親二人は運動は大好きでまあまあ得意だったらしく私の気持ちはあまりわかってない感じだった。。。

なぜ運動の部活に入らない?人間的に欠落してる的なぐらいの・・・

文化部にはいってもそういわれたやろな^ ^

 

私はなんとなく運動部気質には寄りつきたくないなあと思って過ごしていたし、運動も苦手だしと思ってたのに、大学生になって、一般教養で、普通に楽しく体育をする(いろんな競技をみんなでして遊ぶ)ので、あ、私体動かすの嫌いでない、友達とそやって活動するの楽しい。ってわかってホッとしたのと、体を健康に守るというのを同じ授業で運動バリバリの先生から聞く座学を受けて、ああ、成績悪いけど、体育楽しいねん。

ってやっとわかったという・・・18歳になって。

 

相変わらずボディイメージはいけてないし、人前で体を動かすのは苦手。。。

気持ちを開いて体を開いてがその状況(人前)では、どんくさいから恥ずかしくて、ままならないけど、体を動かすのは大好きなんだ。てわかったのでした。

今の時代なら障害名がつくのではないかと思います。
(なんでもつけんでいいとおもうけど(^◇^;)ね。ほんま。自分が自分を好きならええと思うし)

 

 

中学の頃は、運動部にいる友達が私は後輩を絶対いじめないよ!と1年の時に言っていても。上級生になったら威圧してたりして、なんだろう。。。と思ったことがあったり(思春期ですしそういうのもその後の人間活動へのレッスンなだろうと思うけどね)、高校の頃は体育教官室のなんかわからん威圧のある空気が嫌いで、日誌とか持っていくのも嫌だった思い出です。なんか変な空気があったとかんじていた。私の感性が。

 

 

なんか 体を動かす 健康でいる とかとちょっと違う世界があるのが、学校の体育というか・・・と言っても今から30年40年前の話だけど。

 

 

私は自分が苦手だから運動の指導者に対して、ネガティブイメージだったし、アスリートを目指すようながらではないから、余計に自分の生活から離れてる分野なのだけど・・・最近さわがしいニュースを聞いていて、思い出したのは自分が思春期だった頃の、よくわからない指導する人の威圧感みたいなかんじです。

子供達が思うことを言う機会もなく・・・

なんか従わないといけない、自分を失う感じの・・・イメージ。

私は、完全にイメージで近寄ってなかっただけ。この匂いはいやだ。って嫌厭していただけ。実際、友達でアスリート気質の仲間たちはまた私と別の次元で活き活きと過ごしてたと思います。

運動ができる子たちはハングオンしていたし、自分のしたいことが一番だっただろうし、指導者にもいい感じの人もいて共感できてたと思うし、たとえあんまし気に入らない指導者でも、自分がしたいことを頑張っていたんだと思います。仲間と頑張ることの楽しさ喜び、つらさ、いろんな素敵な経験をしていたと思います。

 

私のイメージでいう、指導する人の威圧。 私の世代だとそのやり方はわりとよくあるのかも?だけど、今は威圧してがんばらせる環境が人間の尊厳を損なうよ。という気づきがでて来ている時代。

のよにかんじております。ふんいき。

 

もしかしたら、競う点で、まるくなってしまうこともあるのかもしれませんが(がむしゃらでない風の空気)でも、それもまた、これまで人間が通って来た道で問いかけがありそうなったのかとおもって、だからルールとかあって、冷静に理論的に、そして誠実に、を間違えることもあるかもしれんが、やっていこうとする。そんな時代?と思っていました。

 

今の子供さんってそういう、空気の中で生きて来ているのかなと思うのです。

 

実際のことはわからないけど、ちょっと篠原さんの言うことを読んで、腑に落ちて、とってもわかりやすかった。自分がいろいろ思った、もやもやが言葉でしっかり表現できてたので、日記に書いておく気になりました。

 


選手は勇気を出して会見したことは評価しますが、ただ、なぜ、勇気を出して監督・コーチの指示を拒否しなかったのかと残念でなりません。本人も後悔していたからこその会見だったこととは思いますが。犯した行為は絶対に許されません。ただ、罪を憎んで人は憎まずという気持ちになったのは私だけではないかなと思います。

 

中略

 

立場ある側の人間が『相手の選手の潰してこい』という指示を受けたと加害選手は言ってましたが、常態化していたなら、この監督は完全にアウトですよ。加害選手が危険タックルをした後にベンチに戻ってきた際の映像を見ると、他の選手も誰一人として気にもかけていない。これは完全に感覚が麻痺してるなと思いましたね。「潰してこい」、つまり「けがさせてこい」という異常な指導、いや、そんな理不尽な行為を強要されても断らないのだから。

 

そうねほんとね・・・

やったことは、とてもよくない行動だね。弁解しようがないのだろうとおもうところ。でももう、彼はこのたびのことでよく骨身にしみて、試合した日から今までずっと、フェアプレーとは?みたいなことは誰よりも感じ入ってはるような・・・

彼がベンチに戻って来たときにみんな特に大きな反応がなく、そのまんま続行してたり・・・それがよくなかったな。って言えたらよかったかもしれないね。見ていない。って、それが本当だったとしても、見てなかったなら、退場して来た選手の理由は確認して、それはフェアプレーではないぞ!って指導するのがお仕事なんだろうし・・・

 

そこはやっぱり、フェアプレーが一番大事。って言うところからものを見て、行動できてないと思われてしまうし。

後日気がついたとしても、そこを指摘されたとしたら、良くなかったところは詫びて、次からこういうことがないようの対策をとる具体性を示す、そのあたりが足らずだったのだろうし・・・

 

自分たちの非を認めてよりよくするには?が話に抜けているような・・・

 

仮に、ルールギリギリのところをどうやるかも競技におけるダブルスタンダードなんですが、彼はそれわかってなかったよ。ってニュアンスがあるとしても・・・

そうだったとしても、違和感は感じてしまった。

ルールギリギリの話がつたわってないな。じゃなくて、ほんとにやれっていってそうなきがして、指導の人たち嘘ついてはるんじゃ??ぐらいにおもってしまう。

 

ほんとのことはわかんないけど・・・

 

私個人は子供のいる親として、やっぱり会見した男の子をみてて涙が出て来てしまいました。

人間って間違えることがあると思うのだけど、その間違えをそのあと自分にどう活かして、よりよくを考えて生きること。と思うので、彼がこれをまた彼のためにできるように、思うのと、仲間やご家族がへこたれそうになったときに支えになるのかなと想像するので、親御さんや彼の仲間にもエールを送りたい。

 

指導の方々を見ていて、子供たちが自分の主体を持って成長するということをおもうと、他人のことなのに、すごく気になってしまうニュースだった。

身の回りにいる子供たちを見てると、みんな宝物みたいに可愛いしね。親になったからかも知れん・・・

(うちは、普通の子のような道筋で大きくならないだろうし、だいたいの子が通る部活とかそういう道も通らなそうなんだけどね)

こういう感じの指導者の人たちが主流でない世の中が進めばいいなと、思ってしまう。
実際すでにそうではないから、こんなにわあわあ世の中が騒いでるのかと思います。

 

もし子供がいない私のまんまなら、ずっと前の体育教官室の嫌な雰囲気とか思い出しつつ、そんなに関心も持たないかんじで、こういうおじさんがえらいひとになりあがるのがまだ続いてんねんな・・・で思考を止めてそう。


わたし、そもそも学校が嫌いだけど行きたくないと親に言えなかっただけだから、、、(°▽°)

 

なんかいっぱいかいてしまった。

きになってしまったニュースだったわ。