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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

がっこう デイサービス

がっこうでいたくないとき わあわあ と騒いでるようだし。。。

どっか所在に安心したいので、せんせいにひっついたりしている。

 

素直といえば素直だけども、なんでまあこんなに 不安だったり嫌だったりが募るんだろう・・・

とっても動物的というか・・・

正直といえば聞こえはいいけども、いつも取り乱していて、周りは嫌な気持ちになるんじゃないだろうか。。。

 

安心グッズを持たせてあげるとかでそこにいるときホッとするならばそれが社会にいるときのスタイルでもいいやない???のようなはなしもちらほらと聞く。

 

今朝送って行ってわらってしまったのは、うちの子は今、机じゃなく、床で勉強したり、してます(^-^;が、そのゆか勉強や、なにか体育館に参加しないといけないことがあるとき、学校にある、緑のウレタンマットがお守りになってるみたい。それしいて、おまもりやったり、切り替えやったり。

ライナスの毛布やな(^-^;

いつまでも先生にしがみついていられない(先生は女性だし、ぼくもおっきくなってきた)から、このウレタンマットを持って行って、体育館の朝礼なども参加しているらしい。

いいとおもうわ。。。

色々と考えてもらっていて先生に敬服する。

周りがそれを許してくれるのであればいいとおもう。まだまし。彼のせいいっぱいの中では、適切な発散の仕方やないかなあとおもう。

 

ハンカチもうちの子にはお守りグッズだ。不安?というか居れない気持ちになってきたりすると、ハンカチを振り回して、ゲームの映像の再現みたいなのをしながらやっつけた!と言ったりしている。。。(クレイジーね。)音楽会はそれで乗り切っていた。

 

 

親はよく揺れている。

世間にいるためを強要してるみたいでつらくなったり・・・

でも世間しかないし、それが世の中だし、ここではない楽園なんてないし、ここで自分をやっていくだけだしなあ・・・

学校にこだわらず、本人らしくいて学べる場所の環境を整えるべき???と、桃源郷をおもったり・・・

 

でもそのあとでいつもおもう。いろんな場所でいることができたらば、幅が広がる。そのこと優先でいいのかな・・・となる。

 

 

そして昨日の朝はデイサービスに行きたくないと、むんむんで、出発前にごたごた。

息子さん的には今日学校が終わったら家にいたいんだ!と言っていたかんじです。。。

ああ、わかるねん。だって学校がよそ行きの場所ならそこがおわったらもう自由時間になって自分の今日したいことがあるねんってことだろう。

 

そして学校にて、5限終わりの様子を見ていたら、支援級から交流級に移動するために靴を履いてるとき、おうちかえる おうちかえる ようちえんばすいく!と大泣き。まあパニってるわけです。先生に訴えてる。お家に帰りたいんだ。と。

 

今朝きいてみたら、一日中ずっとそう言ってたわけでなく、靴を履く時に急にそういう空気になってきたってことらしく・・・

親的には、よくわかってるねんな。予定というものを。時間というのはまださっぱりに見えるけども、流れとか予定とかをよくわかってるねんなと。成長が見えた気がした。まあ駄々こねてるんやが。駄々といえば親目線、子供目線ではなんの強制だ!ということですな。先生にはすんませんやわ(^-^;

そして家が一番マイペースに過ごせてるんやなあとおもった。そりゃそうか。わたしもそうだわ。

 

交流に移動し、浮かない顔で前に座っている。先週から、息子は毎日だいたい日番をするって案を、交流の先生が出してくれた。

親が、みんなとさようならをしてからかえってきてほしいとお願いしたのをうけ、このアイデアになったみたいだった。

 

9月以降、交流で終わりの会をしないまんま帰ってきていた。

みんな終わりの会を粛々と進めている中での退散だから、みんなにしっかりさようならもいえてない感じで、これなんとかせないとなと思っていた。

みんなは終わりの会で、ひとに想いを伝える練習中。にみえる。そこの腰を折るのはできないし、支援級の先生も大変気を使っておられてのことと思った。

先生がもう一人フォローしている子の6時間目の授業があるしやむおえない。となっていた。

親としては、挨拶の社会通念が全く抜けてる子だから、群れからはなれるときに、さようならなしはいかんなとおもった。
こういうことが大事なんだろうこの集団の生活の場。家ではできない学校は舞台装置。この経験をちゃんとフォローしてもらえる体制にしたい。とおもった。

でも先生の手が全く足りてないなと思っていた。

うちのこは一人で置いとけないという先生たちの判断も親と一緒だった。にげていっちゃうだろうしね。嫌なもんは嫌って子だから。衝動性も割と目立つ。

そして、私が週3日学校に終わりは入るようになっていた。

 

でも私はいつもこれは違うな。と思ってしまっていた。困ったとき、自分にタフネスがいるとき、いつも親が隣で助けてる。でもこれが普通だと思って欲しくない。

どの子、親から離れて頑張る場所。親も安心して送り出す場所。これが、学校であってほしいと。うちの子も学校の子だし・・・と決心した。懇談会でおはなしをしてみることにした。

お願いしにくいけど、終わりの会にはこだわらないけど、みんなとさようなら、群れから離れます。はしっかりやるのたすけてほしい。
社会通念が抜けてる子だからこれは必要なこと。優先順位をつけたら勉強より高いと思う。こういうことがしたくてここにきている。世の中のありようを見せたくてきている。無理を申しますが、おねがいします。と。

 

すると、交流の先生が懇談会にて一番面白い反応を返してくれた。

そんなことですか!それはやってみれることだとおもいます。
私(先生)の隣にいてもらうかんじもやってみてもいいとおもう。
支援級の先生とお別れして、私(先生)の隣にいるのも方法。とのこと。

でも先生は全体のお母さんのような方だから、うちの子のことでみんなのことがフォローしにくくなったら困るから。
それは、簡単なことなのかな?まずはたまにそんなタイミングを作ってもらえたら・・・やってみないとわからないけど、やってみて、難しいという話は全然ありだとおもいます。と話す。

すると、わたしも長く教員をしていて、支援級の子も受け持ってたこともあるし、慣れています。という、なんか親にはあったかい答えが返ってきた。

でもうちのこはきっとたいへん。だから、もし大変に無理が出てきたら、また修正調整してもらう。みたいに話して帰ってきた。

 

そして交流の先生は、まいにちにちばん。ってのをやってみることにしてくれたらしい。

親から離れて頑張るレッスン、さよならをみんなにいってから失礼しますのレッスン。はじまった。できないかもだけどただ見せる。ただその環境を保証する。

わたしも子離れのレッスンだ。お願いする。親が安心する場所を作ってくださいと。

 

私が死んだらこの子どうなるかなあを考えたら、わからなすぎてフラフラしちゃう。。。

 

そしてデイサービス。

交流のさようならがおわって出てきたら、わたしにもおうちにかえりたいんだと必死に訴える。

でも、デイサービスのひとをみつけたら、泣くのをやめてデイサービスの先生の手を握っててをつないで いてきます といって、行ってしまった。

後で聞いたら、行きの車も普段通りだったし、ついてもそれなりに楽しんでいたようだ。工作したりおやつたべたり。

そんなごねてるとおもわなかった。とのことでした。

 

放課後のことはまだ悩んでいるからデイサービスは週3回ぐらい。でもデイサービスもわたしがいなくなったあとの息子の暮らしに似ている場所だろうと思うので。。。

 

なんでデイサービスに行きますか???とおもってたわたしだけど、親とさよならレッスンのことをすごく考え始めたのはデイサービスのおかげのようなきがします。。。

親と離れて親は安心する場所で、過ごす。ふう。

 

帰ってきたらたくさん家でやってみたい合体の作業を繰り返しておりました。

宿題もちゃんとしてくれた。やってよーといったら、ホットカーペットの上だったけどね。成長してきてるな。