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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

います!いてます!いてました。

かんがえがまとまってないけど、書いてモヤモヤを突き放していきたい消化していきたい昇華していきたい。

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なかんじですが、、、かこう。

 

 

 

面白くラジオの書き起こしを読みました。

引用して見ると

久米宏)冒頭、「社会とは何か? ということをあなたは深く考えたことがあるでしょうか? どのように答えるべきか、少し考えてみましょう。それから社会とは何か? また社会がどのように成り立っているかについて、同じような考えを持っているかどうかをクラスの友達とたしかめてみましょう。おそらく、実際に目に見えるものが頭に浮かぶことでしょう。でも、社会には目に見えないものもあります。たとえば法律、男女の役割、男女平等、民主制、そして税金などです。これらは社会にあるものですが、目には見えません。みなさんも思いついたかもしれませんが、目に見えるものの例としては学校、病院、道路、家、車、牢屋などがあります」。これ、牢屋ってすごいでしょう?

堀井美香)たしかに(笑)。

久米宏)「……牢屋などがあります。これらはもちろん、社会の重要な一部です。私たち人間もそうです。わずか100年の間に多くのことが起こりました。今日、私たちの大多数が街の中、あるいはその近くに住んでいます。スウェーデンの大都市にはとても多くの人が住んでおり、彼らには毎日新しい出会いがあります」。こういうのを日本の教科書に書いてほしいんですよね。「彼らには毎日新しい出会いがあります』。

・・・(話の途中を略します)・・・

「全ての社会は変化します。それは社会の中に存在する小さな集団に影響を与える小さな変化かもしれません。規範(ルール)が変わることもあります。いまから100年前まで、年長の人に挨拶する時は女の子は膝を曲げて、男の子はお辞儀をするというのが普通でした」。ヨーロッパの女の子、スッと膝を曲げて挨拶しますけども。あれが100年前まで、スウェーデンでは常識だったんですね。

堀井美香)はい。

久米宏)「……また、いまは家の中で帽子をかぶってもよいことになっていますが、あなた方のご両親が生徒だった頃には全く考えられないことでした。たとえば髪型やファッションを変えて規範を打ち破ってやろうとするなら、それを何度も繰り返しているうちに、『それでいいのではないか?』と思われるようになるかもしれません」。これは先週、お話しました。髪の毛を真っ茶色、あるいは真っ赤に染めてね、きゃりーぱみゅぱみゅのような格好で学校に行ったとしたら、最初のうちはみんなから変な目で見られるかもしれませんけど、それをがんばって続けたら、ルールが変わるかもしれない。つまり、社会は変わる、あるいは変えられるというのがこの教科書の――いろんなことを言っているんですが――キモでもあるんです。
 

 

いろんな本当にあるものについて学ぶ。大事なことだと思います。

 

うちの子もいます!いてます!というわけで地域の学校に行っています。

いまもまだまだ、そういう子はそういう子だけで固めて。のような風潮はありますが、だいぶんとあるがまんまで地域で暮らす。のような考えも広がってきていて、どのように生きるかの、多様性は目立ってきました。

多様性が大事だと思います。
従来のあり方が向いている人もいるから、みんながみんな共生共生ってそこに軸足をもたなくてもいいとおもいます。うちの子も然り。

 

 

たぶんこの20年30年ぐらいを切り取っても、私の子育てのような人の状況は変わってきています。先輩お母さんお父さんたちと話したいなと思います。どのように自分が考えて行動してきたのか。私はすごく知りたい。

先人たちの行動がいまをつくっているのだとおもうから、彼らがいたから、うちの学校の校長先生がどの子も身の回りにいていい。って言ったみたいな社会をつくったんだとおもうから。

 

社会が変わって行ってるのだなあっていうことは、ごく自分の身近にもあるのでした。

「全ての社会は変化します。それは社会の中に存在する小さな集団に影響を与える小さな変化かもしれません。規範(ルール)が変わることもあります。

 

音楽会、うちの子の様子はもう。。。蛭子さんならもう、笑いっぱなし状態でした。

 

歌を歌ってるのに一人、ピナバウシュか??
ギリヤークさんか?みたいになっとりましたので。。。異形すぎ!

(そやなあこれが、コンドルズみたいな動きならばきっと、あかんけどよし。みたいになるだろうなあ。異形の人っぽくてヒヤヒヤでした。場違いといえば場違い。)

 

ただ本人、一生懸命そこにいてます。。。笑わそうと思ってはおらんと思われます。完全に必死にパッチです・・・常人には理解できないと思われるトピックスなのですが、苦手なものだらけです。

 

圧が苦手

人の視線、いろんな音、環境の刺激、緊張感。どんだけ苦手か・・・

 

もうそこにいるのが大変な状況なのです。

 

は?なんのこと?だろうと思います普通の人にとっては・・・

そこがねえ、いろんなことのキモなのですね。そういう場で不安心配が強まってしまうのが大いなる特徴です。でも普通の人もそういう緊張感は苦手ですよね。。。だからスペクトラムって表現なんだと思います。でも取り乱さずに緊張感を持って乗り越えれるのです。

 

 

傍目だと、あいつはつまみだせ!っていう人もいるかもしれません。。。

しかし当事者目線では・・・あれはがんばっていて、いることが奇跡というか・・・えらかったんです・・・

 

 

もし 目が見えない人が こうかな?とサポートするような感性で、うちの子や、同じような障害のある仲間たちを、サポートしたり、できないことを、責めないでいてもらえるような世の中になったらいいなあとおもったりしています。

生ぬるく見守ってもらえるような・・・

 

 

できないこと、感受性が違うこと、脳機能が違ってしまっていること・・・

に対して、当たり前にできる人のことがままならないのを、できるのにサボっているんではない、指示に従わないのはわざと。ように思わないでもらえたらな。。。と当事者側目線では思います。

 

とはいえ、場所にそぐわない行動みたいなのの線引きも難しい。
大多数の側からの目線でも調和というのもあろう。。。

 

先生たちはよくやってくれているなと思って、涙が出てしまいました。共生共生という声が教育現場で上がっていても、実際やってる人たちも、試行錯誤だろうなあです。全体が良いなって雰囲気にありたいだろうし。。。

 

 

合奏は、なんかおもったよりも、普通のティピカルな人にそぐったような態度でおりました。カスタネットも先生の誘導でなんとか。なんとか。

あ、ええかんじやん。と思いました。

これはなんかうちのこもみんなにまだ合う様子だったとおもうし、ほっとしました。
こういう着地点が理想的だなあ。。。と俯瞰で見るとおもいます。

 

でもそんな自分が好きなのは自分をやってる音楽の人の音です。

なんか音楽会にそれは求めていない感じの空気を私も読み取っているわけです・・・
その様式美を崩したらあかんだろうなあとか。。。みたいな。

 

そういえば、トットちゃんでも、オペラを歌わないでくれというくだりがありました。徹子さんの音が前に出過ぎて?的なところで、ハーモニーの完成ができないから、口パクしてなさいといわれる。

 

ふふふ。

 

関係ないけど学校にある楽器はみんないいものでした。打楽器もいいものを使ってるように感じました。

置いてある楽器を終わったあとちょっと見ながら帰ったけど・・・おもしろい! 

 

 

学校でジャムるだけとかの音楽会も裏バージョンでしてくんないかなと思いました。

ジャムる音楽会とかしてほしいわーと。

未来はそうなるかもね!!!!

 

 

 

おわって帰るとき、音楽会ばばい!と帰りは清々しくなってて笑いました。

 

あとは帰り校門前にいた、厳しいボランティアさんのところになんでか、よって行ってじゃれていた。。。
(結構はっぱをかけるのをされる方なのだけど、なんかなついてる気がする。根底にある優しさみたいなのが息子にも伝わってるのかもしれない。なんだろ、私も彼女が気になります。最初厳しさになぜなんだろうとびっくりしたのですが、だんだんと気になってきました。彼女と雑談すると、先生たちが、うちの子に対して日々どうしたものかなあってなってるのがわかるはなしがぽろっとでてきたりします。先生たちにはお任せください!とは言われているけども、試行錯誤してもらっているんだなと実感します。)

 

 

色々考えた音楽会でした。

 

社会にいる。うちの子というもの一つの社会のピースです。うちの子がいるクラスもこれまた社会です。

うちの子に関わる先生もこれまた社会です。

まあ社会というか私に取っては群れのような感性です。

 

 

周りの人の受け止めはどうなんだろうか???

うちの子に対してありのまんまで生きていいっていう私は、息子には負担になってないだろうか??

 

おやとしては、隠れて生きていたくない。みたいなのがあります。
息子は悪い子だと思わないし・・・頑張って生きているなあって思うし・・・
いい子だもの。

 

 

 

考えても考えても答えってないです。

 

 

 

そして、やっぱり、学校が我らも通っていいとしてくれたことは、我らにとってはとても嬉しいことでした。

 

 

(久米さん)「……影響を与えたいことについて、あなたが知識を持っていることを世に示すことで、常によい効果が期待できます。そのことを頭に入れておきましょう。とは言え、学校の職員や両親、近所の人々、コーチ、そして最終的に政治家を味方につけるためには、誤字などの誤りがなく、正しく文章を書くことが重要となります。あなたがしっかり準備が整っており、ちゃんとした文章が書け、そして自分の意見を冷静にしっかりと伝えることができるということを示しましょう」。

堀井美香)うん、うん。

何のために勉強をするのか?

久米宏)つまり、何のために勉強するかということを社会科は教えているんですが、それは……スウェーデンという国は先週も話しましたけど、算数とか歴史とか、ああいった普通のいわゆる学力テストでは上位の方に行く国じゃあないんですよ。だけど、何のために勉強するか?っていうのはこの社会科の教科書を読むと、「あなたの考えを人に伝えるため、誤字がないよう、きちんとしたスウェーデン語が書けて、きちんとSNSに文章を載せることができるようにするために、あなたの意思表示をするためにしっかり勉強をしましょう」ってなことが書いてあるわけですね。

 

 

おもしろいです。

なんのために生きるのか。大事ですね。

 

これが小学校の社会科の教科書かあ。ふーん。と思いました。

 

答えがない話を考える勉強。いいのようなきがしました。

 

 

これはこうです。ってドリルみたいな授業ではなくなりそうだね・・・

この授業テストあるのかな???思想の押し付けになったらもったえないし・・・

 

 

 

 

さて息子さんと音楽。。。

家では歌いたい歌をうたっとりましたが、まあ音の変換がどこかでうまくいかないんでしょうね・・・音程のゾーンが実際の曲より極端に高くて、だいたいの歌の音程を取っている。下手ではないのだけども・・・声もでかいから。。。親としてはかわいらしいんだけどね、いっしょうけんめいうたってるなあって。素直に歌を歌いたくなったことが嬉しい。

しかし、音楽会の合唱、ギリヤークさんみたいじゃなくてもし積極的に参加しても場を壊すだろうなあと思うと、いいのかとドキドキしてしまう。本人がまともに参加したらすごい目立つ音で、これまた大きな声が出るんだな。。。ハーモニーにはならないから。。。

ここ、保留ですね。どう生きるか、みんなと、群れ社会の課題です。

 

って書いたのですが・・・帰りに今日先生にそう思ってることを素直に吐いてみたら。。。

ええ?いいんちゃいますそれはそれで。本人が歌う気になって歌ったとなればそれはそれでいいことですよね〜

と言われました。こんな人も世の中にいるのかと嬉しくなりました。

 

場の雰囲気は壊れますよ???みんな歌上手いしそれ聞きたい人いるしきっと。

 

というと、そうだけど、それはいいことだから。ね。と言われました。

ふう。私はアホかと思いました。そしてそんな気持ちで横についていてくれてたのかと思ったら、もうただただ畏怖の念でした。ありがとう先生・・・