sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

おもいだしたこと

なんかね ここが響いた。

 

アメリカで変化した部分について訊かれると、マーティ・フリードマンは次のように語っている。「人々の考え方は急激に変化しているよね。僕が幼少期を過ごした頃のアメリカは、ポリティカル・コレクトネスを気にしてる人はいなかったし、自分の話し方で人を傷つけていることに気がついてもいなかった。みんな、至って普通だった。政治なんて気にしていなかったしね。特定の問題で対立することもなかった。特に僕が交流していたロック・ミュージシャンやファンたちはね。彼らはそんなことしなさそうな人たちだったんだ」

「今じゃ、そういう人たちですら政治について話したがるし、僕は彼らが話していることについてよく分からなくてね。ポリティカル・コレクトネスの問題もこっちでは手に負えなくなっているわけでさ。ある時、メール・インタヴューを受けた時に、みんなが気分を害するから変えたほうがいいってパブリシストに言われたことがあったんだ。人種差別主義とかそういう類のものではまったくなかったんだけどね。彼らはそういう些細なことですら重箱の隅をつつくわけでね。僕はアメリカの雰囲気を知らないから、それに従わざるをえなかったんだけどさ。人々が憤りを感じてしまうようなことに、驚きを隠せなかったよ」

「誰かが作った音楽が好きなのだとしたら、その人がどんな人であるかなんて考える必要はないんだ」と、マーティ・フリードマンは続けている。「そんなのはまったく重要じゃないし、楽しみも半減してしまうからね」

 

とても時代がセンシティブ。そんなことに我らのような立場は守られてもいるけど。。。(子供が障害のある子。そういう家庭)

もうちょっと気楽でもいいなっておもう。

 

 

魔女狩りみたいなのはしんどい。誰もが。相互的に。

 

 

ちょっとまちがえたら ぶっつぶれるまで、 しかばねなるまで、病むまで、攻め続けるみたいなのもつかれちゃう。。。

 

 

ちょっとずれるけど、日本のお笑いの人は政治のネタをしない!権力に対して批判の目を向けない。みたいなのを 評論する人が言って、芸人さんが反発してたのも思い出した。

 

スポンサーがいるから そういうことが言えないリスクがある。

だけでもないような。

 

 

私は、ただ笑いたい。笑っていて、なんか現実逃避したりしたいのときがあるので、虚構の楽しさみたいなのをたのしんでるとこもある。

 

 

そこがわたしのクリエイティブに感じるお笑いの次元。お金払ってもいいなと思うところ。

賢い人からするとアホなのかもしれない。。。こんな奴がいるから世の中だめだだめだ!なのかもね。だけども。。。それが自分だわ。

 

 

ニュースペーパーの森友ネタが蹴られた話、蹴った方、テレビの会社とかを批判するのがいいのかもしれないね。崩すのはそこから?かもね。変わってほしいのならば。。。

 

とかいたところでだいぶ前の話だなあ。

 

 

 

町山さんのアメリカのコメディアンと政治の関係がわかりやすかったから貼っておこう。

多分そんな笑ばかりでもないだろう。 ほんと ナンセンスなのもあるだろう。。。あめりかにもね。。。

 

ナンセンス万歳ではないかなあ。わははと笑っていたいときもある。

アメリカ大好き(文化的なこと。)だけど真似してもしなくてもいいと思う。

 

 

いうてもわて、アメリカだいすき!

 

ろすのみっきーとあくしゅせあなあかん!

 

やっぱりにほんにいとこかなああ!

 

 

音楽聞くと、とーふさん!おもいだす。