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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

うま22

うま、22回目も一人。小雨のなか開始でした。

 

21回目同様で、もう作業工程にイメージがあるので、あまり上乗せして働きかけないようにして、セラピストさんはとりくんでおられました。

ちょっと本人が脱線しても無視して流したり、本人がもっとやりたいことがあってもある程度寄り添ったらすかしたり、そんな感じです。

 

 

道具をちゃんと戻す一方、ちょっとした気持ちの乱れを表すのに、道具のお部屋のヘルメットをぜんぶわざと下に落としたりします。

とおくに走り去ってしまい、馬場の水たまりとか泥遊びをします。気持ちの表現として、そうなります。

 

そしてまた戻ってきます。

もどってきてもちょっとプレッシャーというかがあるときは、散漫な態度でやりぬきます。きもちの入りっていうのが緩い。

 

 

そういうかんじですね。

 

 

親はやっぱりカッコよくできる子に育てたいから、きになるところですが、セラピストさんは言います。

 

走り去ってしまった、でもそうやって自分の気持ちとか、刺激の入りすぎる感覚の入りとかを調整しているかんじなので、そうやって戻ってこれたならそれでいい。

きっと大きくなってもこういうかんじはなかなか取れないです。(多分たくさんの子を見てるからほんとだろうね)

走り去った、多動だ。とか

走り去らないように抑圧して、その場にいることを強要してさせるとか

それだと本人の意思で物事をやっている状況を作ってあげれないし、彼らならではの調子のとりかたというか、調整の取り方を取り上げてしまうのは、あまりにもひどいかなと思います。

走り去っていったところを悲しい顔とか怒った顔でみていたり、ちゃんとしろと、圧力をかけるより、彼らの調整の仕方と尊重してあげてください。

 

 

道具をわざと散らかすのも同様。

道具を散らかすとき(ヘルメットを散らかした)は、自分の気持ちの表しとか、調整とかでしてしまう一方、使った物を片付けると整然と、もどしています。戻した道具の様子をちゃんと見てあげてください。実に美しい様です。

それはなにかというと、自分の道具、自分のための道具をちゃんと戻す意識があるということです。道具を使うときも丁寧にしています。(気がついていなくて地面を引きずってるときもありますが)気がついてるときは出来るだけ腕を上げて高く道具を持って地面を引きずらないようにしていたり、紐が泥で濡れないように、たぐってもっていたりします。
掛けるときも、地面について汚れないように、落ちないようにを考えてかけてるときもあります。

と言われました。
道具への愛着がある。(そこまでにはみえなかったけど、そういうことの始まりっていう話し方だと思います)のような表現もしてもらってました。

 

 

集中していたら、意識が感覚よりちがうことにコミットできる。

不思議ですが大切な時間を持っている感じがします。

 

 

親としてはおもしろかったのは、ちょっとでも水に濡れて大騒ぎする彼で、その日はまず車から降りたら草地でズボンが濡れたことで大騒ぎしました。

また、着いてすぐに遊び始めた水たまりでまた派手にズボンをぬらしてしまいまして、最初はグズグズしたところから始めました。

でも、草を切ってあげてるうちにだんだんとその刺激から気持ちが離れていったことです。遮断的な・・・

そもそも草も濡れているから、一本ずつ上げながら、感覚消去。手をパチパチ叩いたり、手をすり合わせてその入った感覚がなかったことにしたりでした。

だんだんとたくさん上げれるようになりました。とっても時間がかかったけども、よかたです。

 

 

これも、集中していたら意識が入っている感覚の刺激の方に取られないで済むような感じ。

 

 

【ことば】

やさい と草を呼んでいました。はっぱ とも。

 

くさがおちてしまったときに おちちゃった。 という言葉が出てました。

おおい いれて もかい。 と下に散らばった草を集めました。(たくさん落ちてるのであつめてカゴにもう一回入れるというつもりのフレーズのようです)

 

ぜんぶもりもり! そうだ! ぜんぶ たべて げんき もりもり。 
(うまくんに、やさいきらい といわれてると想定して) えっ? 
はいどうぞ はっぱどうぞ おいしい おいしい 
(やさいきらい って言われてるのを想定して) えっ? 
どうぞ あむあむ おいしい どうぞ。 と、しまじろうでみた寸劇を再現しておりました。

あ、これもえらいこっちゃ隊やわ。

 

もぐもぐ もぐもぐ はいどうぞ 3個といいながら くさっぱを 3枚あげました。

また下を見たら、おちてる!と 見つけた草を見て言いました。

おちたのを集めてあげた後、なくなった おわり もいっかい!もいっかい!と草をあげたかった。でも なくなた! ともう一回いいました。

 

おちてる! という表現は我が家には新世界の表現でした。
進行形です。この表現はなかったなあ、口から今まで出てきてなかったよ。お初です。ちょっと驚いた。

 

次の馬装をしようという声かけに、 ええっ? ときょうは馬くんの顔をみていっておりました。まあ私たちにいっても聞かないってわかってるのでしょうか。と思いました。お父さんも帰り道に、きょうは ええっ? が誰にも通じなかったねえと笑っていました。

 

つれていくときに、おいでーやで。と声をかけたら、おいでーと、うまくんにいいました。
セラピストさんは、おいで いえるんや!と驚いてくださいました。そうですねほんま、知ってる言葉で意味の通りに出たらいいですよね。
そういうのが沁みていってくれたら親は嬉しいです。

 

みぬばりー みずたばにー というような音で水たまりを表現。
むかしは びっばーりー でした。たまに みず という発音が成功に近いように聞こえます。だんだんと音の出し方の統合もできていったらいいなあ。

 

びょーん ぼばり ぼばり (びょーん、トランポリン トランポリン)と最後、馬をお部屋に返し引き馬しているときに言いました。
きもちはうまを返すことよりその先の自分のトランポリンがしたいきもちに飛んでました。
しかし、残念ながら雨でできないことをわかっていたと思います。(してもいいけど。べつに、濡れても平気なら)つぶやいてはいたけど、水たまりで遊んで帰りました。
きもちはトランポリンもしたかったね。

 

水たまりで、泥遊びをしてました。泥を触ったのは先日水曜日に次いで2回目。
泥の感覚を受け入れましたね。我が家にとってはすごいことです。
だんだんと感覚をいろいろ自分のなかに受け入れれるようになっています。以前は絶対触ってくれなかった。保育などで用意してあっても。
周りの子たちが夢中でも、その感覚に耐えれなかったのでしょう。

かわりました。今がその探求の時期。ちょっとお兄さんにもうなってるけども。。。ふふふ。やっていいよ。

 

 

【作業】

リードなどのカンは前より上手くつけれてました。

すこしずつぼちぼち。がんばってー。

 

 

【感覚】

今日は馬さんの髭にきがついたので、髭を抜きましてそしてテンションが上がってしまい、尻尾の毛も引っ張って抜いてました。

きらわれるで と 怖い顔で セラピストさんに言われてましたわ。ほんと、ひどいわ。ごめんなさいだわ。他の動物なら完全に動物さんに怒られてます。

馬に乗っても毛を抜いたりもしてました。きになります。

 

 

今日も、やることのイメージ段取りがちゃんと頭にあるのを追っかけれてる、道具の場所も記憶から探せたりしている。ので、わざと教えたりリマインドはしていないかんじでした。本人の自発のものから発展させたり深めたりをしていたかんじです。

 

まだまだいろんな先があるから、飽きたりやめたくならんかったらいいなあ。
何年かかるかわからないけど景色はきっと変わっていくだろう。

 

セラピストさんは馬との関係が出てきたらとてもかわるから、とすごくそのことをよく言ってくれますね。

きがつくかなあ。馬と僕がいる。馬と僕の関係があるということに。

 

おかあさんは頭では、見守るをがんばるつもりではいるけど、つい口が出ます。

でも前よりマシになったはず。

ふう。自発のものの発展にはお母さんって邪魔だよね。でもお母さんって必要らしいのです。私いないでやってほしいなっておもうことがよくある。


見守るの下手だからってヘタレすぎるか。ふふ。

 

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