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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

はさみ

ハサミで切れるのをを僕に見せたかったみたい。

 

と、セラピストさんに言われた21回目の馬。

 

 

 

ああガッテン、いま、一年生は七夕の飾りの練習をしてるようだった。教室にいろんな切ったかざりがあったのと、きんようび、先生不在のなか、指導員さんとつくったかざりを見せてもらったの思い出した。

 

そして、きのうかえってきたら、先生と切って作ったひまわりの花が、連絡帳に挟まれていた。

 

 

最近の器量としてはまっすぐなら、しらないうちに5回とか10回切りでまっすぐなのはザクザクときるようになっていました。

 

 

ちょっと前に、帰ってきたあと、机の上にあるお菓子の袋を、マイハサミを取りに行って、ザクザクと5回ぐらい切って開けたのを見て

 

へ???できるん?

 

って思ってびっくりして、おやつを食べながら連絡帳を開くと、10回切りをさくさくとしてびっくりしました!

って先生から書いてあったので、吹きました。

 

 

 

指導員さんや先生の手を借りながら、やってるけども、周りの子を見たり、意識をしたり、それをやってみたいなって思える環境があるようです。 

 

おかげで、そこに自分の意思で出会えるというか、はさみにちょっと敏感な時期がきてるみたいでした。

思ってるイメージのことができるようになりたいなとか、そうしよう。こうやってこうしよう。って思ったら、やりはじめるんだな。と感じます。

 

できないなあっておもって、機会を与えないのではなく、見せるのだけでもいいし、いい印象が持てるように配慮できたらもっといい。

 

もちろん見る、注視するは、はためには薄いかもしれません。

でも見れる環境にいることは大事なことです。

周りの子を意識したり、やってみたいなって感情がもし沸くとしたら・・・親にはあげれない環境です。学校にいて見れるっていうのは。

大人がこれをこうさせようってするより、みじかな子どもたちがワクワクそれをしている状況が見れる方が、刺激的でいいのかなと想像です。

 

もちろん動作もまだ完成していおりませんよね。まるくかくとか、いつできるようになるかなあ。細かな微細の動きの統合はまだ先。ひょっとしたらないかもしれない。

 

できるだけ努力して楽しみながら訓練経験してもらいつつ、様子見です。

 

来月からもうひとり作業の先生に会えるかんじになります、月1回か2回。
作業が大好きだから良かった。

 

いつか自分の意思でそれにであえたらいいね。と思います。

 

 

草を切るのもすごく感覚の統合だとおもいます。

 

草の種類によって切れる時の感触は違うし、きる前に支える方の手で、草を束ねたり、いろんな感覚を経ての動作がでてきます。

 

 

もっとやりたいもっともっとやってみたい。

 

僕こんなの切れるんだよ。みてみて。

 

 

たしかにあったかも、21回目の馬での、

 

僕切れるの見てちょうだい!!!

 

 

ああ、セラピストさんが受け止めてくれたことは正解だったと思う。

 

いま学校でやってることが、私生活でもやっぱり広がっていくかんじなので、見れる機会っていうのがすごく大事だなあと感じる。

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