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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

うま18

ウォーミングアップの時間が今までで一番長かった。


実際始まっても、プレッシャーの中でしんどかったらしく、悪い行動も出たりしていました。

今までで一番そんな感じが強い日だったかなと思います。

 

学校が始まった4月以降、気持ちを整えるまでの時間がどんどんのびてきている、整いづらくなっている。そんな感じもします。きのせいかもだけどね。

 

 

 

学校が始まって一番最近感じるのは。

承認されたいはあるけど、そのプレッシャーにも苛まれているようなかんじ。。。です。気のせいかもだけどね。

 

えらいね。みたいなはなしをいうと えらい できた と泣きながら呼応します。学校で頑張ってるからかなと・・・

 

評価されることのストレスみたいなことがあるかも。と感じます。

 

 

がんばる のが気持ちとしてあるけど、認められたい気持ちと、やらされてる感じが納得いかない感じと、自分のペースを守りたいとか、いろんなプレッシャー。

 

暑かったし、忙しかったし、学校がいうのが習慣化してきた故の5月病的なものもあるのかもの、今日の様子でした。

 

 

 

 

 

今日は気持ちを、セラピストさんとか親に表すのではなく、事務方のおじさんに表していました。2回も。

 

 

1回めはお母さんがおじさんに謝りに行き、本人にもダメだよ。という話をしました。

2回めはおとうさんが謝りに行き、本人にはもう帰るか?と叱りました。

 

 

彼は全然プレッシャーを投げていないただ一人の人だったからかなと親は思っていました。助けてくれる人。わかってくれる人。

 

 

親の見解だからね。うちの子の実際の心象はいかに・・・

 

 

終わったあとも、彼に、向かって行ったことをあやまったのですが、意外な言葉がたくさん返ってきました。

 

 

ずっと大人のうちの子のような子たちと過ごす仕事をしてたから。
定年までその仕事だったんですよ。と。

 

 

そういう仕事をずっとしてきて、また、うちの子のような子が来る場所で仕事をしている彼の思いというのは・・・なんだろうなあ。。。

 

 

 

彼らは、わるいことを、わるいとおもっていない。でもその子を責めてはいけない。
というはなしをしてくれました。

こういう機会を使って教えてあげるのは大事です。でも、それでその子を責めてはいけない。

我々の概念を教えること。なのですが、この子たちは悪いことをしたと思っていないことがあります。大人になってもできない人もいます。

 

でもそんな人でも できないことを手助けしてあげるだけで生きていけるのです。

ちょっと手伝ってあげるだけのこと。僕はその手伝いをしてきただけです。

 

 

その子にしてはいけないことを教える、してはいけないことをした相手に親が丁寧に謝る。は僕はいいと思うのですが、そのことでその子を追い立てたり責めたりはね・・・

しかるのはいいのですが、怒ってしまっては。。。

それはその子に理解させてあげる手助けにはならない。

あとで責めたりなどはもっとだめ。

 

と言われました。

 

また、今は昔と比べていろんな社会資源が豊富に感じます。だからそのなかで学ぶ、経験することを増やしてあげたら、大人になったら変わってきますよ。

 

とも言われました。

 

社会資源って何ですか?ときいてみたら

 

ここにくることもそうだし、テレビだってそう。

 

とのことでした。

 

社会資源をわたしのなかでは その子が理解するための、学ぶ環境と場 と考えてみました。

 

大人のうちの子のような人と過ごしてきて、子供の頃のことはあまり想像できてなかったけど、いま、ここで仕事をしながら、そうかって自分なりにいろいろ見て考えて、こういう風に生きてきたのかもなあ。と、日々思いながらそばにいます。

といわれました。

 

彼と初めて会話らしい会話ができました。いままでは 事務的な話と、あとは天気、体調のはなしなどでした。

 

先週一回、来られるたびに、やれることが成長していかれますね。と声をかけてもらったけど、 へ???ぐらいにおもってましたが、あれは多分本心です。

私が見えてない部分を感じてみておられるんではないでしょうか・・・

 

 

此度は、私たち親がとても恐縮していた気持ちを感じておられうのか、思いをすごく一生懸命話してくれました。

 

ありがたかった。

 

 

しかし我らの概念が共有できないことがあるとしたら、どうやって世の中と一緒に生きていくんだろう。まだ答えがありません。
こちらの概念やルールも理解してもらうように努めていきたいと思います。親として。

また彼と話したいなと思いました。

 

 

さて、馬。

 

着いて一番したいのは トランポリン。 

なかなかそこから戻ってきませんでした。

 

日々の気持ちの疲れ、乱れ のなかで、セラピストさんたちが背中を押しつつ、やりました。

 

おふたりともが がんばった!

 

とおっしゃってた。ね。

 

馬の上に軽乗鞍のタンデムで乗せてもらってました。
先週も軽乗鞍でのタンデムでした。

 

そのあと、砂にもいきましたが、砂でちょっと気持ちが落ち着いた頃に、セラピストさんが促したら、また馬をひいて、馬装をとってから、馬を部屋に返すのをしました。

部屋に返す時の引き馬はわるくなかった。

 

 

おわったあと、刺激の入り方の話を丁寧めにしてもらいました。

しかも、実は、はじまるまえも刺激の入り方の話を丁寧めにしてもらいました。が、

この刺激が入るということ、わたしにはまだしっかり理解できていません、先生の話を想像してもまだ、それが、??? 何を言ってくれてるのかが、取り込めていないので、また聞かせてもらうこととなるでしょう・・・

 

いままでも 鞍の時もあれば 軽乗鞍 の時もありました。

いろいろと考えてやってもらってる刺激の裁量があるかもしれません。。。また話してみよう。

 

 

気のせいかわからないけど、今日はうまにのせてもらったあと、少し落ち着いて行動できるところが出てきました。まあ始まりがだいぶ乱れに乱れていたのですが・・・

 

馬を帰りにひいた時、もどした時、には事務のかたに、働きかけるのは、おわっていました。

 

今日は、先日 ほう っておもったような紐をかけたりの様子はありませんでした。

余裕がなかったようです。

 

 

 

多分馬はきらいではないというか、のることはすきだろうとおもわれます。

 

1年生になり、さらに、評価なかんじが日常で強まっていってます。

いろいろ出来たとか評価されてることに、つかれてて、馬のところで悪態ついた。

 

かんじかなと親は今は見てますが・・・

 

 

さてどうなるかねえ。ゆっくり見守ります。

 

息子さんも、まあ評価もあるけど、自分ありきだから。

 

どのようにひねくれず、ひとのせいにせず、うらまず、じぶんをやるのか・・・お母さん見守りつつ伴走します。

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