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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

お口の活動

出る音の少なさよ〜

 

喃語もなかったですしなあ。

 

 

これは滑舌に問題があるんでは???みたいに思っていた時期。お口の活動をあげよう。みたいな視点も言語聴覚士さんに持ってもらっていた時期・・・ありました。

ちょうど年中ぐらいの時です。

 

そのころ言語聴覚士さんが、園の保育にもはいることがあり、給食などどのように摂食しているのかチラチラみていてくれたようです。

偏食がどのように解消されていくかで、お口の活動能力もたかまるようで、家での偏食ぶりはどんな感じがヒヤリングもけっこう自分でタスクを作ってやってくれてたようだし、園でも様子を見ていてくれていました。

彼女の仕事は人から指示された仕事じゃなくて、自分が受け持ってる子だからその子の精度をどうあげようかと自分で模索しているからの感じでした。

 

しかし年長になり 言語聴覚士さんが、 あ、だいじょうぶだとおもいますよー口の活動ね。って

いって、あまり給食に入ってくれないような感じになっていて、私は不安でした。えええ?でもいろんな音が出てませんぜ。みたいな感じで。。。

 

そのころ、 カルタのブームなども重なり、一音一文字っていうのが理解されたな。ってのがあたりがつきました。

その概念は入ったけども、聞き分けはできてないので、

 

ね と れ まちがったりしてますぜ。

に と ひ とか、もう、なんか、毎日偉いなと思った。そんな音が不安定な中、周りの様子とかと一緒にひっつけて相手がどんなこと言ってるのか想像しながらやってる感じだもの。

昔から想像しながらやってる感じはすごくあった。

聞き取れてない音に対して、一生懸命反応して生きていたなとおもうと、もうしわけなくって。

まさにノンバーバルな世界。 

 

 

ただ耳で音を弁別していないなっていうのもあたりがつきました。

 

くつ が ふつ になったり ふう になったり

かめ が かげ かべ かで かめ ってバラバラな音で拾います。

 

 

お世話になった言語聴覚士さんと3月でお別れとなったので、最後に、かじりとりなどを見てもらいました。その時も、かじりとりは、だいじょうぶ。まきとりもだいじょうぶ。みたいな話でした。

 

給食がおそいのはたぶん、スプーンが上手に使えないからか、割るとか欠くとかがへたくそなんで、手が出たりするのか。ってやっとこさわかった。

 

 

さて 4月の入学式からつばはきがけっこう毎日のくせに変わりました。

どんどん強化されています。

 

やめさせないと 強化される ほんまです。

 

でもむりやった。むずかしかった。

言い訳ですが。

 

 

でもみていたら すごい口の活動力が上がっていてしらないうちに、舌を巻いたり、舌を半分に畳んだりもしてました。

 

ええ??それはわたしはできひんで???みたいなことにもなっています。

 

 

はうー。なんかちがう発散に向かういい方法はないのかしら。こまるけども、活動力が上がったな。

 

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