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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

金曜日の登校

今朝、玄関を出るまでちょっとかかりました。

なおかつ、がんばった えらかった がっこう がっこう と叫びながらなので、すごいプレッシャーのようでした。

きょうもおんぶをいうかな???と思ってたけども、いわなかった。

ゆっくりだったけどランドセルを自分で背負って行きました。水筒は私がもっていったけど・・・

 

玄関を出るまでかかった割には道を歩きながらちょっとずつ、高めていってた感じ。

 

辛さの表現。 こけた いたかった こけた。 と随分前にこけたとき怪我した場所を指差しながらの話をすごくする。そのときぐらい辛いってことの言葉だと思う。

それが数度。

ちょっと道を平均台して歩く。逸脱する。それも数度。

 

やめなさい!って まっすぐいけ!って雷おばあさんには言われてしまうだろう。

朝にもし、あったらまた呆れられるわ。

でも彼女の役割もすごい。世の中の人が全部わたしみたいなのも変だし。いろいろあっていいかんじ。彼女も筋がすごい通ってるんだもの。

 

でもね、心象の揺れ動きは大事な言葉だからそっと見守りつつ、タイミングを見てやることを伝える。

急げとかいわない。

 

しかし理想ありながら、遅刻するので、先生待っているよ。とたまに発破をかけないとダメでした。ゆっくりすぎて。

遅刻してはいけない、みたいな概念はまだ先です。

きっと律儀なのでその概念を知ったらこれをまた馬鹿丁寧にやろうとするでしょう。

 

 

がっこうについたら、砂遊びを始めて教室に行こうとしませんでした。
通学の道だけで、セットはできなかった気持ちのようです。

 

ドキドキしているとき、退屈するとき、わからないとき、すなあそびがつづきます。

そうやってきもちを落ち着けてる。すなあそびが教室の隅っことかと一緒。

 

やめさせるより、いまやるべきことに繋げてあげれたら・・・

 

先生と話して、たいいくのじかん、かけっことかは 参加するのだけど、ルールの複雑の遊びになると、ずっと砂いじりが始まっちゃう。

 

とのことで、お母さんもわかりますわかります。

そうなのですねえ。先生よくわかってくれてる。

本人にわかるように伝えるとなると、視覚支援をどうするかのはなしになります。
だけど毎回用意できないしねえ。

簡単な内容を紙に描いてみせる。もあります。

が、それをすぐ本人がわからない。かもしれないね。
地道に地道に。

運動のデイの先生もその辺は地道にやってくれてる。と思います。

彼の知性なりにの参加にはなるのはやむおえないですなあ。。。

 

 

唾も同じような感じです。込み上げてくるドキドキや不安。退屈のときもあるし、わからないときも。

 

今朝は途中学校のフェンスの横から泡立て始めました

やめて欲しいお願い。といったら、おねがい〜!といいながら泣き叫び、そのあと溝までいってぺっとしました。

学校に着いたときに先生にその話をしたら、水飲み場できのうも吐いていたよ。わかっているような面もある。ヘンテコ行動の中にも、自分なりに配慮もある。

っていう見解を示してくれて・・・

先生よくわかってくださっている。

 

おねがいベースじゃ伝わらない!

って馬の先生にも私言われてたな。あはは。お母さんのおねがいってもうひどいね。虐待だもん。お母さんが子供は好きなんだから。わるいことしたなあ。

あの日、馬の先生にみてもらった、わたしのへちょへちょの跳馬さく。
アレを思い出す。

生まれて初めて馬とつながったのが跳馬さくの勉強会。
初めてだったらどんまいどんまい。って馬が大好きなお姉さんが励ましてくれたけど・・・

なんでも一緒なの。でるの、人間。

励まされたってことはかなりひどいってこと。

恥ずかしい。

 

 

さて、息子。馬のセラピーでも、やってみたい。でもこわい、がんばりたい。でもこわい。プレッシャーの中で、なかなか足が向いません。砂遊びをしたりして・・・でも、滑走から飛び立つとき。じぶんでそれを選びます。

 

通学も同じ。いくんだ。でもこわいんだ。音がきになる。と、ゆっくりです。でも自分で進むのを待ちます。

 

待つのが多いので、骨が折れます。

でも彼のスタイルのようです。もちろん、画一性をやる社会性からは思いっきりはみ出ています。

 

馬のセラピストさんは、これがいつか、気持ちと体が協調しだします。ゆっくり一緒に見守りましょう。と、私に声をかけてくれます。

それは、本当にそうなるかは別として、私を導く方向性としてはすごく正しい。

彼はいろんな子を見てきたから?

 

同時に、できたことを見ていけばいいと、いつも励まされます。
これも澱みそうにいつもなるから、毎回そういう風に喋ってもらって、そのことの本質の理解に向かっていくかんじです。

 

 

たいいくもルールはわからなかったけど、かけっこはできた。握って持てた。とか。

 

 

明るいほうにフォーカスを当てながら、彼が何かを感じて知る環境を与え、周囲の子たちに安全第一しつつ、見守る。あとは、彼次第。魔法はないし、彼がどう生きるのか、自分で見つけていく。と信じて。

 

 

今朝もへちょへちょで通学しました。 

そんな場所とファシリテーターをなかよしの先生いつもありがとうございます。

 

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