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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

奥山佳恵さん

奥山佳恵さんの新聞記事を朝読んだ。

 


障害は違うけど思いは似ている。来年小学生になられるらしい。

 

 

「障害者と健常者、共に生きていこう」「だれもが過ごしやすい世の中に」と語られる一方、現実は6歳で分けられる。小学校の通常の学級、特別支援学級特別支援学校のどれかに選別されるところから教育って始まる。「まぜこぜ」の社会をめざすのに、なぜ初めからまぜこぜじゃないんだろう。すごく不思議です。

 みんな得意、不得意があって凸凹なのが社会でしょう。じっとしていられない子、勉強ができる子、いろいろいて、支援が必要な子の数だけ先生が増える。子どもも、それぞれが自分にできることを考え、フォローするところはフォローしてクラスができあがっていく。それが私の理想です。

 

 

同じような思いだった。ほんとうに。地域にいたいなあと。

ご本人もちょっとそんなところがあった。それぞれの学校の見学に行ったときの様子では。

お世話になって息子のことをよくわかってくれている園も、市の療育の診療所のドクターも、この子は支援校のほうがいい。とおっしゃってた。みんなと一緒に勉強できないから。という理由と、この子にとって、安心し分かりやすい環境である支援校がいいと。

 

お世話になってきた個別訓練の先生は、支援級にいれてもらえたら。とのことだった。彼がマイペースすぎるので、お手本になる人がいることの利便さを感じておられたようだ。彼が、聴覚の過敏さ、不安が強い点があり、同じような障害のある仲間といる時もどきどきびくびくしてしまうことを、先生は知ってたからそういう意見だったのかもしれない。

 

 

療育先や、相談する病院の先生3人も、近くの学校次第だけど、うけいれてくれる雰囲気があるならそれはいいと思う。とのことだった。
うち一人は、実際子供さんが同じ障害があり、小学校のうちは、地域で大きくなったので、連絡帳をかしてくれた。地域の学校も悪くないよと。
(でも正直その先生の学校の連絡帳はなかなかありえんぐらいの、すごい代物だった。ええかんじだった。今となってはそれぐらいの受け入れ態勢のある学校だといいよってことかな?ともおもったわ。)

また、先生たちはどっちにきめても、よさを知ってるはずやから、うまく肩を押してくれるだけね。

 

 

でもやっぱり下記に引用させてもらったここが一番だと思います。

 

小学校の通常の学級に入れるかは、校長先生の考え方次第らしいとも聞きます。少しでも通常の学級の子と交われたらいいと思うけれど、もし、美良生が生きづらくなったら元も子もない。本人が楽しく通えて、笑顔になってくれる道が一番いい。でも、そこの判断がとても難しいですね。

 

そうですね。ほんと。
親の思いもあるけども、本人が答えを出してくれると思います。 

 

 

今日の今のところだと、うちの場合だと支援級も支援校も、どっちもいいなあ。とおもっています。

 

支援級の先生は、支援教育というところでは、達人というより、謙虚で前向きな人です。笑顔がすてき。試行錯誤しながら息子を理解して行ってくれています。

我が校の場合、本人が状況をつかむためのヒントはあまり整備されないところもあります。活動は、療育的というより、少しずつ経験をさせる。世の中との機会を増やす、というような感じが主体に感じます。

 

支援校だと、だいたい達人がそばにいて、状況をつかむためのヒントがたくさんあるんだろうとおもいます。

支援校に息子さんが言った友達に道でばったりあうと、試行錯誤の感じがないので、どっしりしていて、羨望な気持ちがあります。正直。
カリキュラムもそういう子達のためです。

 

いいですよね。ほんと!

 

 

 

支援級、うちの子の場合、普通の子のカリキュラムの中でお邪魔できるものをお邪魔する感じの4月でした。1ねんせいー

 

しかし通学の時、いろんな子が声をかけてくれたり・・・
4年の子達もいまは、結構気さくです。

学校でも、気にしてくれてる子がいたり・・・先生に言われたわけでないけど、様子を見て考えてる子がいる。

帰りに遊びにおいでって言ってくれる子がいたり・・・

一緒に帰ろうって言ってくれる子がいたり・・・

 

本人はひとりで家にいたいとか、ひとりでゆっくり道草して帰るから〜って感じなので実に機能してませんが・・・

 

なんかあんなやつおるわ。というので、世間にいる感じはあります。

 

みんなをみているので、やってみたもあるようです。
たべなかった触覚的に苦手なゼリーを全部食べてみたり・・・

 

いままでしなかった、挨拶が普通に出ることがいくつかありました。まだまだですが。

 

先生達は諦めません。どうせ挨拶しない。と。そんな応対ではありません。
周りの子達にするように同じように、しっかりした声、目線で挨拶します。
周りの子達も普通に挨拶してるから、やる気スイッチが入ってる時は促さなくてもすることがでてきました。

 

これもいいですよね、ほんとに。

 

 

でもみなさん こども目線からだんだんと大人目線にかわり、何でこの人がいる?この人ここにいないほうがいい? とか考える過程はあるとおもわれるので、そこで、息子さんが、しんどくなったりしないとは言い切れないです。
でも、どの人もそんな時期があってもいいのかと思う。

そんな経験があり、考えて、生き方を決める。

 

そこが奥山さんの言っている、

 

もし、美良生が生きづらくなったら元も子もない。本人が楽しく通えて、笑顔になってくれる道が一番いい。でも、そこの判断がとても難しいですね。

 

のところで、お母さん仲間は、みんなそこを悩んでたとおもいます。

 

 

はじまったばかりだけど、ずっとこのテーマはかわらないだろうねえ。

 

 

いまのところ、いい感じの4月だったみたいです。

 

土曜日、夕方、 がっこういくー 仲良しのクラスの名称! と言って、ランドセルを持ってきました。

 

先生の、シーズニングがうまいのだろう。。。

 

この後もいろんなことがあるから、こんな感じじゃない時期もあるだろうね・・・
いつもいつも快適で順風満帆とかないもの。

 

 

一喜一憂しててもしょうがない。

でも日々どっかでリラックスしてあははって言ってたらいいだろうね。
どこかではみんながんばってるとおもいます。何かを。

 

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