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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

テレパシーのようなこと

テレパシーのようなことが起こることがある。

 

よくうちの子のような子を育ててるお母さんたちと話すと、

 

子供たちが実はわかってるとおもう。というようなできことがある。
のだが、なかなか信じてもらえないのだ。ということがある。

 

 

専門家や、保育の先生たちの中にこういう意見の人は多いように感じる。彼ら曰く、、、

 

それはたまたま前後の行動などでそれを感じてるだけでこの子たちに言葉で理解している気配はありませんよ・・・

 

そうかな?

わかってるような感じのときもあるよ。と、何度かこの意見きくたび、腑に落ちない私でした。全部が全部そうじゃなくない?と。

 

 

たしかに、うちの子達は 親の口調やら、仕種やら、ちょっとした表情の変化やらをよみとっているような、ノンバーバルのかんじでの気づきがある可能性があり、そのへんについては誰もしれないので、その視点も当たってはいると思います。

 

 

ホースセラピーにいっておもしろいのはそのあたりです。

馬もそのようなところがあるので、お互い言葉なしにもしかしたら心を通わせるようなところを持てるかもしれません。

ああファンタジーですが。

 

 

さて、先日、初年度のクラスのお母さんたちとお昼ご飯をして、皆さんの成長ぶりにすごいやっぱり正直羨ましかったです。

 

うちはいつまで原始人的感覚遊びが続くんだろうと・・・

 

 

ことばがでた

字を書いている

ピアノが弾けるようになった

 

 

などなどきくと、毎日のように砂遊びを没頭し、帰りは海ではっちゃける息子の子育てこれでいいのだろうかとぐらつきます。

このままだと原始人だねえってさ。

 

ホースセラピーに行くようになって以来、おもってきたことは貫こうときめたはずなのに。

 

この感覚遊びがきっと彼の土台になるだろう。この感性で社会にいるのをやろう。

 

と、おもったのになあ。

 

やっぱりふつうがうらやましいんだね。それ本音。

そして羨ましかったけどふつうに、小さいときから知ってるから私が彼らの成長を喜べたのは私も変わった成長した偉かったなと思った。

ジェらってもなあ。。。ってちょっと達観ぽくなれるようになった!
もちろん、羨ましいから落ち込むもまだある。その反面、息子をそれで攻めてもなあって思っているのも偉いなあ。

 

そんなふうにちょっと勝手に消耗したあと、
園のよみものをもらって、園の子たちがみんなキラキラと成長している親御さんたちの手記を読んだ。

 

 

できることになったことの話がつらつらと書いてあった。

あの子もこの子もすごいなあこんなに成長しているんだ!!!!えー取り残されていってる気持ちだなあ。と思う。ネガっとした感慨。

 

 

私も提出したけども、まあ書くことがそんなないからなあ。ってかんじだった。

ぜんぜんなにもかわらなったわけではないけど。。。
わざわざひとに伝えることがないぐらいの、ちいさなちいさな大事な成長だった。些細な瑣末なこと。

 

ひょええーと圧倒されてしまった。

 

やっぱりふつうぽいのがうらやましいんだね。それは隠せないなあ。無理にテンションも上げれないなあ。

 

その読み物を読んでいたその日の夜。

 

急に息子さん

 

ぴかっぱのなぞりんましーんをとりだしてやりはじめた。

 

えええ???お母さんの邪念が出てたのだろうか〜
こういうことしてくれたらいいのになあ。。。ってことをする、そんな事件が起こる。
テレパシーあるの???みたいなことが起こった。

 

 

 

しかしもう年単位でさわっていないので、つかってもいないのに、ペンのインクさえ出なくなっていた。

切ない〜他のペンをさしだす。これで代用してねえって。

その初日。

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へにゃへにゃですがかいてました。

 

次の日もするという。

あれれ。握り方も変、書き順も無茶苦茶だけど、動作が緻密だった。

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細かいくるりをやったりするのだった。へたくそだよまだまだだよ。でも今まで見ない動作をしたのだった。

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簡単な止める感じのやつ。

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するする滑るペンと表面なのにしっかり止めて書いていた。始点終点をとめる力が、わりとしっかりあり、強かった。

 

ああ、やっぱりあの原始人遊びから拡げていくしかないんだなとおもった。

その原始人遊びがふつうの人や、同じような障害のあるこの中でも伸びていく子は短期間で卒業していくかんじがする。

 

でもうちのこはそうなんだなあ。っておもうしかないなあ。わたしが急いで焦っていて丁寧にそこができないまま前に進むなんてありえん。

そこをやるうちに物分かりが育つかもしれん。

感覚遊びをみまもるしかやっぱりないなあ。

 

と思った。

答えはないけどね〜

 

最近の感覚遊びはまつぼっくりのあしらえです。まつぼっくりを高台から私が投げて落とす。そのとき、大きいほうか、小さいほうか、選んでもらったり、何個ほしいかみせながらきいたりします。それをキャッチする。キャッチできたり、失敗したりします。そしてそれを植木にあしらう。力加減、あしらえる位置を慎重に選びます。ひっかからないところもあるから。

 

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変わった遊びだが。。。へへへ。

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結構考えて遊んでると思う。これはたぶん、のちに物事を考える力と信じている。

ふんふん。

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