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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

僕の気持ち

ことばでなく体でおしゃべりする。

 

それがうちの子だわね。
悪い表し方もする。これをなんとかしたい。

 

世の中で不安心配がおおい。

だから、経験してみたらそう心配でもなかったわ〜ってなることを重ねていくのが理想。

 

 

 

さてさて、、、最近気持ちを表すのが出てきた感じです。

もともと気持ちがなかったわけではないのですが、それが漠然とあったかんじです。

 

わかりやすい話だとその変化は

 

赤ちゃんが 快 不快 を我々に伝えるのからだんだんと変わっていく。そのことです。

 

昔は 泣いて転がるのがパニックでした。パニックってかいてしまうと、ダメだダメだこいつは障害があるからってイメージですが、要は賢さがそのあたりなので、伝え方がそうなっているのだとも言えます。

 

まあその 不快 っていうのが、普通の子よりも強いかもしれません。

 

それは、世の中で不安心配 が 多くなっているその子の実態があるからですが・・・

 

 

それがちょっと進歩してきて、不満や心配を表すときに悪い行動になってきました。

 

これを正しい行動というか表現に変えるのが難航しています。

 

しかし、思っていることが悪いことだと私には思えないのです。思っていることは、それはそうだもの。でもそこで、言いたいことを表現できたり、またはそれはそうだけども自分をごまかしてができたり。が理想です。

 

 

 

 

土曜日に、お母さん勉強会に行きました。その間息子くんは託児です。

大学生のボランティアの男の子が相手をしてくれておりました。

 

まず到着する前に公園が目に入り、行きたいと意思表示しました。
息子にとってはその託児より自分が遊びたい場所でやりたいことをしたいわけです。お母さんの勉強会なんて知らんがな。そりゃそうです。

 

◯◯いって、その後公園。いいかなあ? と聞きました。

いやだったけども、かあちゃんはそうするんでしょ!って感じで怒りながらついてきてくれました。

ありがとうねえ。と伝えました。

 

しかし、いざ到着すると、どうしてここにいなくてはならないんだ。僕は公園に来たかったのに。となりました。

 

そりゃそうよね。
いろんな子がいるから、切り替えができる子もいるかも。
うちの子はうちの子です。他人から見たら大変な子となるのかもだけども・・・思ってることは間違えてない。

 

嫌だの意思表示が強かったです。(わざと倒れるを何回もしてました)

ほならもう帰ろうか。そんなに嫌なんだったら公園に行こう。お母さんお話聞きたかったけど、かえろう。

というと、そこはそうしない。

 

いじらしいです。

 

嫌だけど僕がここにおったらええのだろう???って感じです。

 

 

これも間違えてないと思うですよ。ほんと。

 

だって自分でいろんなこと自由にプランニングしてそれを伝えて、実行する子かというと、伝える策で苦労してる子だもの。親のペースでいろいろ決められてるもの。

 

ここをもっとフェアな関係にしたい。どうやろう?かんがえよう。

 

いじらしく思えます。

 

結局はあきらめて、ボランティアのお兄さんといることを選択しました。

 

今の反省ですが、このときもっと、ありがとうを伝えたらよかった。こっちの勝手なことを聞いてくれてありがとうと。

イニシアチブを親が取るとかそんな話もあるけど、どうだろう。絶対してはいけないこと、望まれても難しいこと、これは彼の義務であること。に関しての話でいいのではないだろうか。

今日の場合は親の都合だね、だからそのへんのフェアさをもちたい。

 

とはいっても、まあお兄さんと遊ぶの楽しいんですけどね。
そんな苦行じゃないって〜え。

それとこれとは別よね。ね。おかあさん!

 

ここの託児も、まあ社会性を目的にしてるので、うちの子の評価は、いってる園ぐらい低いです。

社会性がないという障害のある子たちの中でもダントツで、社会性をがんばりません。
さらに目立つのでした。ふぅ。


この数回の勉強会は、賢いこたちがおおく、他のお子さんの親さんらは、うちの子あの子よりはましだわ、と セルフエスティームを上げれる感じの空気で、もう行くのいやだなーと、めげてきた。

 

いつも元気ですね。みたいな話しかできず、親と託児担当の方らの間で変な空気。

彼らは、そんな子供の社会性のスキルを育てる側だから、自分らの働きにヒットしないこをどうするかを考えてくれてる、たいへん骨のおれる立場。

 

工作もわからないからしないし

絵本もわからないからきかないし

みんなで体操やらダンスもしないしなーぁ。

 

きてる子供の話っていう回に一回参加したとき、息子くんは、元気に来てくれてます。そんだけの話で終わってました。他のお子さんは、何々を譲れた、絵本を聞けた、工作ができた、みんなとなんかをがんばれた。という話でした。褒めるとこがなかったのね、、、あぁ現実。

私自身は、辛い気分になりがちです。

できてませんよね〜の空気にいるのは息苦しくて。我が家のよくあるあるなんだけどね。

でもまあ、いつだってそんな子だから、開き直って行ってたけどなー

だんだんめげてきた。

 

勉強会の話自体はすごくよかった。


3歳の頃、半年ぐらい通ったあと、また4ヶ月お世話になった児童発達支援のボランティアさんで、同じ障害の子を成人ぐらいまで育てたお母さんの話でした。

聞けてすごいよかった。

 

 

さて、終わったあと、迎えに行くと、やっぱり本は聞いてない。まあ聞かない意思表示です。でてきました。私のいる廊下に。

それでも連れ出して本を読んでるとこに連れて行くと、少し聞いたあと聞かない意思表示。がまんできんのですが、まあね、わかるんです。

なにはなしてるのかよくわからんので居れない。

そんなのが毎日毎日延々と続いてますから・・・

ものすごく肩を持つと、わたしたちがちょっと勉強したことある外国の言葉で話してるところに集中しておりなさい。みたいなかんじなので、なかなか本人がそこにいたいとハングオンしない限りはいれないのでした。

いても爪を噛んでしまっていたり・・・

わかる水準のものからでないと、ただいるってことを耐えることになるので、彼にとっては旨みがないのですな。

勉強ができない子もそんなところではないでしょうかしら。

もちろんこのただいるを耐えるができることてのが 社会性 のところでもあるのではないかともおもいますが・・・

悩むところです。

 

先日、幼稚園交流。やっぱり同じ状況多発でした。

最後、幼稚園の発表会の練習をただ座って45分ほど見ました。
そのときは おひざ おひざ と言って手をおひざについて頑張ってみました。私は押さえつけてません。

でも不憫でもありました。

だって、まあ退屈な時間だったもの。45分みおわって えらかったなと思いました。ただ近くでは見ませんでした。

安心するすみにちかい 椅子で見るとのことでした。

だいたい終わって皆のところに近寄った時、男の子が一人、いすをもってきてくれて、ここでみたらいいよ。と近くだけど少し空間のあるところにおいてくれました。

 

これもなんか、子ども目線の凄さを見た出来事でした。

 

この時は我が家的に快挙だった、わからない状況だけど、ただ「いる」を耐えた時間でした。

でもこの日はこれが精一杯かなとおもいました。称えました。半月前ぐらいのはなしですね。これは。

 

さて、土曜日、託児終わりに、小さい赤ちゃんが泣いていた時叩いた話を託児担当のお兄さんに聞きました。

急いで謝りに行きました。どんな力でどんな状況かはわからないけど。ダメなことはダメだ。
親御さんたちは、そんな大した感じではなかったので気にしないでみたいに言ってくれたので救われたけども、、、だから良しってわけではない!!!

 

 

うちの子の特徴で、子どもさんの泣いてる声が嫌だがあります。

以前はただただ耐えていたのが、このところは、ちょっと息子的に逃げ場がないとか、時間が長めとか、いつもこの子はなくとか俺ジャッジで、はたいたりします。

 

絶対にあかんことなので・・・これはちょっと苦手なのは今解決できなくても、手を出すことがあかんことをわからせるように努めたい。

 

気持ちがあるのは、困りごとがあるのは否定しないけど、あかんことはあかんのはなしです。定番の気持ちに寄り添う、我慢ができたことを褒める。逃げ道もつくる。ぐらいだろうか・・・

 

そしてその謝った後ですが・・・

 

同じ託児にいた男の子が、いっしょにハッピーセットを食べに行こうと誘ってくれました。

息子くんとハッピーセットいきたい。とはっきり言葉でさそってくれます。

が、ご本人、本日は終わったら公園と決めています。
お母さんもそうしようと同意してますから。

しかしそれが彼は言えません。表現できません。
ので私の手をぐっと引いて持っていました。力もギュって入れて。

そしてその表情は、硬い。まあ あまり乗り気でないのは見て分かるかんじ。

 

まあ体や表情で語ってるのですね。いきませんよ。ぼくは。と。

 

代弁者だから私はすぐ代弁してあげればよかったのです。

でも、これが私の浅はかさ。息子の社会性の低さについては、まだ迷いがあるのです。託児のところでも元気に来ていますね。といわれる、園でもわかってませんね。おともだちにはいきません。好きな先生もいません。と指摘。このまま、こんなままで、息子の社会性は育つのか???と悩む。
だからお友達と親は交わるべきと思っている。

自分の考え方に迷いがあるせいで変な空気になる。

息子の本当の気持ちの代弁をすぐにアクションしませんでした。

 

変なモヤモヤっとした時間がしばらくになります。

息子は悟ります。お母さんはぼくのサイドにいないなと。

 

もういい!とおもったようで、むすこさん、その子の背中にヘッドパットをしました。

そんな力いっぱいではなかったけど・・・

 

わかるのです。今日は公園に行こうと思ってたこと。相手はことばで表現出来る子で、周りも誘うことの方を評価してその子に肯定的で自分には否定的な雰囲気です。自分は策がありません。

 

その子はショックでした。一生懸命誘ったのに・・・ですよね。

ぴゅーんとはしって隠れに行ってしまいました。悲しそうな顔をしています。そこを知ってほしい。

息子にはなしてみました。

悲しそうなお友達がみえるところで。。。

お友達くん、悲しそうね。

むすこちゃんは、公園に行きたいから今日はさそってもらっても行けなかったんだよね。

でも頭でドンしたらあかん。いたいでしょ。かなしいよ。いっしょにむすこちゃんと遊びたかったのだから、行けないのもかなしいし、ドンとされてもっとかなしい。

 

見つめながら考えてる顔に見えました。

親の思い込みではないと思います。

 

その後バイバイして公園に行きました。公園で少し遊んでたら、その子のお母さんからお電話がかかってきて、いきませんか?ちょっと公園で遊んだから満足したのではないかな?と聞いてくれました。

 

お友達くんとハッピーセット行く?どうする?ときいたら

 

公園! 

 

と答えました。のできょうはごめんね。公園に行くと決めてたみたいなの。と断りました。

 

いいのです。確かに社会性ってのも大事です、お友達とかかわることも。でもこればっかりは強制できない。もちろんちょっとお膳立てしてハードルを上げることもあるかもしれないですね。でも、今日はお母さんに付き合った日だしね。。。

本人はまだ誰かと楽しいってのが疎いです。

いつかそれが変わるのかも私にはわかりません。でも自分をやっていい時間は自分をしてくれたらいいのかなとおもいました。

 

いつも社会性のことでなやみます。

でもやっぱりこれは どんな結果になるのかは、ご本人の工夫次第といったところでしょう。。。まだまだですね。

 

電話があった後2分したら、むすこくん、はんばーがー・・・といいながら、公園を後にしました。

 

友達を思ったのではなくハンバーガーだけだったのかもしれないけど、そのあと、最寄駅のモスバーガーマクドはないのでそうなる)にいきました。

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わたしは晩御飯作らんで済んだから助かったけど。

 

まあ何か感じてたらいいね。なんかそんな流れでした。だってハンバーガー食べてるからね。

食べながら彼を思えてたら最高だね。声をかけてはおいたけどね・・・

 

 

園生活や託児してくれる場所が、社会性をみにつけることがテーマの場所。

この空気がわたしと、わたしの子の成長にはちょっとまだまだ大きな目標すぎてしまう。

先生たちから、わかってないとか、できないみたいなニュアンスを聞くことばかり。そりゃそうだね。

これができなければ、世で渡れない。その姿勢。

自分を変えなさい。みたいな空気。

 

圧倒的に、関わろうとする、誘う方がえらいの空気感、風潮があり、わたしもそうしなくちゃになってます。

うちの子の味方をし損ねることだらけ。

おかあさん自身がそこにおいて、迷っているせいね。


わたしの、偏見ではないと思うのだけど、断りたいほうが何を思っているのかは結構拾われません。誘いたいほうのこを使って、そういう空気がいいっていうのを大人が演出する。

 

そりゃそうか、社会性を習う場だ。

でも、誘う方に評価の比重がいく雰囲気なのは、きになる私です。

 

本人とその社会性アイデアの差が大きすぎで、どうしてこれを埋めようかと迷ってしまう。

 

この迷いのせいで、ジャッジがおかしくなることが多く、結局うまくいってないし、あかんなぁと、、、

 

結局誘ってくれた子にも辛い目にあわせてしまったし。

もっと、ファシリテーターをやろうとしなきゃ。と、反省しました。

 

自分の私情がどうしてもはいってしまうから。おかあさんは。

むすこに寄り添う。まだまだ勉強中。

 

思ってることはまちがえてないもの。出し方出さない方は有るけど。

 

とりあえずもっとすっきり断ってよかった。まずはお母さんはそこから。

 

まだまだ、社会性で、できてなさをいろんな諸先生やそういう発達支援の人に指摘されることばかりだとおもうけども、それに流されすぎないように冷静にうけとめてやれることをしたほうが、うちはいい。きっと。今は。

 

もちろん、社会性を否定してるわけでない。

そういう気風がうちの子が獲得できたら素敵だ。わたしも死んでしまうし、だいじなことだからね。

でも変な空気でそれを押し切るのはわたしにはできない。わたしは代弁者だから彼のね。反省。

 

身につけたら嬉しいだけに、息子の側にたちながらすすめるべきだった。

すこしずつ。を模索しようとしてなかった自分にきがついたわ。

 

 

わたしが、いけてなかったな、土曜日。

次の糧に!しよ。

 

 

お友達のおかーさんより、悲しんでる様子がまるでお芝居のようだったとお手紙もらいました、、、いやいやいや!!そんなそんな。。。

 

演技なく本気だよね
勇気を出したのに
こうえんをえらぶなんて
あかんな
わかってへんなー
って加勢したげてね^ ^

 

と、書いて返事をしました^ ^

ほんまにやよ。みんな、代弁しましょうだわよまったく。

 

おかあさんは、こちらにきをつかってくれたにちゃいない話でした。^ ^

いーのこちらのボクちゃんのこたぁ。

 

なかなかそりちゅーどぼーい。

 

 

 

 

 

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