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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

幼稚園交流のこと

幼稚園交流。月一回。

 

同じ園の子でも、週一回ぐらいの参加のひともおられます。

社会性のところかな?大雑把に言うと。

もちろん、能力のことも大きいです。同じ工作ができたり、今何をやってるのかわかったり。そんな子は、何回も幼稚園に行くことが可能になります。

障害のある子だから月一回だけってわけでなく、たまたまうちの子の力量だとそうなっているだけの点は書いておこう。

とてもありがたいシステムだとおもうのです。

 

 

うちの子、社会性。

配慮されている今の園でさえ、なかなか厳しい。

和によらない。呼んでも来ない。

 

でもこればっかりは無理やり本人の気持ちを置き去りにして参加させても進まなそう。

 

先生たちは心得て、誘うタイミング 誘い方 すごく工夫してもらっている状況。

 

うちの子だけではないかなあ。そこまでのかたい意思がそこにある子は。園の中でも。

 

じぶんで寄り付こう。っておもうまではなかなか。

 

さて。

自由な時間では公園で子供達に混ざろうとしたりとか。一人が好きなわけではない。

でも不安なことはしたくない。

そんなかんじだろうか。ざっくり言うと。

 

今はそんな感じ。それが将来どうなるかはわからない。

けどもまあ社会性を感じて、じぶんでどうするか決める時間も必要だ。できれば、ちょっと社交儀礼的なことは感じて欲しい。

そこでのびのびしなくても、そこでそういうものかと取り繕ったりとか将来出たら嬉しい。

 

馬のセラピーにて、電流が走った。わたしの今まで思ってたことがスーッと見えたかんじがしたのだ。

 

社会性とじぶんらしさのはなし。

 

 

そんな中幼稚園交流だった。

 

朝のマラソン、自信ない。したいような。。。そんなプレッシャーでも体が向かわない。そんなうちの子にすごい誘ってくれる子たちがいた。

もし、頑張りたいタイミングと接点があったら一歩足を踏み出せそうな感じの誘い方だった。

 

絵の具をつかって具象物を書く。できませんでしたが、絵の具を使ってみんなといるのはできた。みんなも見ていた。

 

お楽しみ会?お披露目するお芝居を練習するのにただただ、座って我慢してみていたこと。嫌だったと思う。

最後もう無理で、怒っていた時、椅子を持ってきてくれた子がいた。
ここにすわっておきなよと。

 

 

いっしょにいれないね。

でもいっしょにいれないのかな???

いっしょにいたいのかな???

いっしょにいたいのかもだしいたくないときもあるのだね。

 

でもやっぱりいってよかった。

社会との接点はやっぱりあるほうがいいとおもった。本人が生きる上で人に助けてもらわないと生きてはいけないから。そして

 

自分がどんな人間か自分で知って、自分で工夫をすることをやっていく。

自分を好きでいるのもやってもらう。

 

どの人にも過酷だよ。人生は。

 

だからやっぱり・・・

社会との接点は持っていていいと思う。現実の冷たい風もあると思うが。

 

 

そして、やっぱり自分がホッとする時間楽しいと思う時間は必ず大事にしてあげたい。いまはそれがなにかしっかりはわからない。

ああ、ユウチュウブみてるときか。そうか。

それ以外に体やこころが動くものでも見つけてあげたい気がします。

 

 

社会っていつもホッと楽しくではない。

 

でも社会性だけではわたしもやっていけない。みんなそうだわ。

 

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