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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。

うまと感覚統合とノンバーバルだけどやりとりの世界

5.11 ASDってどんなのかな 息子はおいといて おかあさんのおもい

馬のセラピー。

 

いろいろといいところがあるのですが、、、

 

まずは、感覚統合のところがすごくうちの子には大事な一面だと思います。統合が未熟なところが多岐にわたりみうけられます。


統合というと難しいことばやが

要は経験なんでも、経験。だけ。

 

感覚統合以外もうまのセラピーの良さはもちろんあるのですよ。でもそれはもっと先に気がつきそうなところなんです。うちの子には。

 

 

感覚統合の訓練といえば〜

 

釣り具が下がっていたり、トランポリンがあったり〜

 

でもそれがないと達成しない訓練ではないのです。
効率よくそういう器具を使うことで、刺激が入るようなイメージです。

 

砂いじりは感覚統合

ブランコ遊びも感覚統合

水遊びもそう

スライムもそう。

坂道もそう。全部そう。

 

積極的に子供は遊ぶので 統合 をすすめていきます。

 

しかし、その 統合 が苦手なこたちなので、そこを促進させる取り組みの訓練なのかなとおもいます。

 

このあとの目標は器具のあるところでなくてもそれがすすむことだろうとおもいます。その導入というか。。。

 

しかしそれは、一見何をしてるのかしら。なのですが。ただ楽しそう。

 

 

でもこうやって自分で感覚を獲得していくことが、自分で考えて行動することにつながっていくのだと思います。

 

 

そう、いまいちど、乱暴にまとめると、自分で考えて行動できるようになるということでしょうかな???自分でやろうと思った運動・活動ができるとかも含め。

ちがうのかな。でもたぶんそんなこっちゃろうとおもってます。

 

 

 

 

また、勉強会にて運動系のデイの先生が、scammonの発育の曲線というのを話されていたのですが・・・

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神経系の発達というものはピークが8歳。そのあとは緩やかに成長していくのだとのことでした。ので神経系の発達は、いそげみたいな話です。

まあ自分とこが流行るためもあると思うけどね。警鐘をならしてはりました。

 

神経系の発達というとどこなんかというと、その先生の話によると、

固有感覚と前庭感覚とのことでした。

 

 

以前、作業療法士の先生の話を聞いたとき、固有感覚は筋肉の伸び縮みとか関節の感覚そういう類のことだと聞いた記憶です。

先生がよんだら、ちがうよーとなるようなはなしをかいているかもしれん。

 

その先生はおもしろくて、そのへんのおもちゃでそれが鍛えれるよってはなしをしてはりました。

特に話でお母さんたちに受けがよかったのが、のびーるという、夜店とかで売ってそうなおもちゃでした。

感覚が入りやすいそうです。

 

 

前庭感覚の例は、先に挙げたスキャモンのはなしをしてくれた、デイの先生によると、でんぐり返しとかのはなしなのだそうです。頭をどっかより下っていってたような。こしだったか、むねだったか。そういう運動。体の傾きや重力の感覚をつかむこと。

これを小さいときにし損なうと、あとでなかなか統合しにくいとか。

 

 

 

だいたい恐怖商法だから世の中。あせります。

やるなら今でしょ!が吹き荒れているので、たまに愛情を見逃しそうになるですよね。

 

 

と、断片断片話を聞いてなにかせねばなにかせねばになっておりました。

愛をくださいズーですが、やっぱり人間の発達というものの時期時期のことも、待った無しではあるわけで・・・

 

とりあえず

こゆうかくとぜんていかくー!

って思うのはきっと間違えてないのだろうと思います。

 

 

  

からだをうごかすことでの統合を促進するのでであれば、体操とかも 感覚統合 だとおもいます。

 

園や体操教室については、騒がしい音の苦手さとかがあり、近づこうとしません。

群衆などにたいしての心配や不安のようなものもあり、そこにとらわれず頑張ることは苦手です。誘われてやっと参加ぐらいの、ほんにんそこが壁です。

群衆の中にともだちや、せんせいみたいな個体を見いだせてないがごとくです。俺対全体みたいな。誰か頼るオプションはねえのかねえってみえますが、母ちゃんもまだその感性は謎です。

言葉の指示がわからない入らないってのもあります。まだ言葉の聞き取り自体が下手です。耳の聞き取る統合みたいなのは、まだまだあやしいです。

何するのかわかってない知能。これもあります。

 

未熟ゆえ、自分の今求めてる感覚の刺激に忠実で、体操教室うちの子はゆうことをききません。自分のしたいことだけをしたいから。

これもまた、統合ができていないから、ってことですよね。そういうところに気持ちが行かず、自分の今必要だと思う情報だけを取ろうとする?のかな。

 

園はそういう統合というものにすごく念頭を置いてくれてる日々です。ほんと、ありがたいです。このようないいとりくみをしている園や、体操教室とかでは、なかなか乗せることができなかった成長段階なわけです。

 

しかもおかあちゃんにはおこられる。

 

せんせいのゆうことをきけ。みんなと同じようにサーキットしろ!と。

統合が目的というより、そっち、社会性のはなしになってしまっていて、運動自体は嫌いではないのだけども、なんだか面倒くさい思い出のある場所になっちまったな。おいらいかないぜ。みたいになっている。

 

これはもう完全にわたしのせいです。私が未熟だったと思います。

 

あははは、すみませーんといいながらのらりくらりやればよかった。笑って。

怒ったりしてだめだったなあ。昨日その辺の反省を友達にしっかり聞いてもらっとりました。次しないようにするために。

 

 

私も息子もヘトヘトになっておりました。

たのしもうとしたのに、こりゃどういうこっちゃ!!!!と。

 

 

さて、うまさん。

それが、うちの子には、むりなくできるのです。

 

 

でも例えばどの人にも向くかというとそれは違っていていいと思います。
なにかそんなことをみつけたらいいのだとおもう。

 

 

馬も匂いがどうしても嫌って子もいるかもしれないし・・・

すごいうまさんのかほりというか牧場のかほりはあるので・・・

犬が嫌いみたいに馬が怖いもあるかも。馬のパワーについて、察しをもててるこなのかもしれない。けられたら。おちたら。それも大事な自然界の反応かと。

 

体操教室を楽しく通えるならそれでオッケーだし、外の公園で苦手なこともありつつみんなと遊べるのならそれこそもう、最高ではなまるだし・・・

がっこうがすき。それはもうとってもオッケイ。

園でみんなと遊ぶのがすき、それはもう最高だ!

何か好きな運動をがんばる。素敵!

なんでもいいのだけど、やりたいなあっておもったりすること、しりたいなあってなることをする環境をつくってあげて、あとはシチューを煮込むみたいに見守る感じ。こげないかしら。この辺りで緑の野菜を入れるかしらのよな。

 

 

 

さて、うまさん、みていたらもう、全体的にはなまるです。

さむいとき、あついとき、うまさんにつかう馬具、くさをつんだり、たべてもらったり、そうじしたり、乗るのもしかり、引くのもしかり。

 

 

もう全部が統合そのものじゃあないか!!!

 

 

で、どびっくりでした。

しかもこれだとサーキット活動がマイペースなうちの子でもできるじゃあないかと。

 

 

社会性のはなしを、くどくどせんで済む。まだ先のような感じだからそこは・・・自分で社会性をやりたいとおもってくれないといけない。

 

あとは、単純にお母さんみていて、馬に癒される。うまはかわいい。

ただたまに浮かない顔をしていると思う。

それはむすこのトリートがいけてないのだろうとおもわれる。

 

 

そのあたりについていつも、もやもやおもっていたら、

馬を教えてくれた友達が、その息子さんが馬を引くときに、馬がきっと嫌そうだろうなとおもうはなしを、ホースセラピーの先生と話したときに、いやがってるけども、いつか息子さんが気がつくから。

とのはなしをされたことをおしえてくれました。

 

それはまさにうちの子にも該当するはなしだったので

えええ!!!と驚きました。

 

もちろん終わった後、セラピストが馬たちを大切にして、よじれた関係を ほぐし、きもちもほぐすから、うまたちは、やっていけるようです。

 

その後、馬を痛めつけない調教の仕方のはなしを、同じともだちがおしえてくれ、それを考えた人の自伝があったので図書館で借りてきました。

 

 

が、こちら、もうわたしの子育てのバイブルになりそうです。

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うちのようなノンバーバルコミュニケーションの人の基本ではないかと、、、

 

声なきものに耳を傾ける、友達になろうとするようなことが、自分の頑張りと重なるのでした。

どうやら馬さんはそれに応えてくれるような、自然のようです。

 

うまがなぜ、人に従うそんな習性があるのかも、友達がおしえてくれました。

モンティさんも、動物は、たたかうどうぶつとおびえる動物がいると、いっている。

馬はおびえる動物なんだそうだ。逃げて生きてる動物。

 

 

おもしろかった。ほんとの人生の話しながらちょっとドラマチックすぎたりの小説みたいなものでした。途中、気持ちが病んだ人と関わったときの打ちのめされたところとかは、そんなこと生きててそうはないっすよとおもいました。

 

ありがとう モンティロバーツさん。

 

近所の犬さんのお母さんたちもよくうちの息子のことに気がついてくれます。

 

 

うまが先生だからと、うまのセラピーにいる人間さんがいいます。先生と人に呼んでいたら、それはうまです。とのことでした。

 

ほんとにね。言葉でなくて教えてくれてありがたい、うちのこもこどばでないのがたぶん性にあっていそうだ。

 

そう、ノンバーバルなやりとりを介在するセラピストに言葉に乗せてもらい、感覚統合。すごいわうちのこにうってつけだ。

自分で獲得していってる環境なのです。

 

だからもう うまさんは とてもありがたい存在だ。

 

 

 

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