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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

自然の中で

帰りと休みに、外遊びをします。
これが日課。帰りは海の近くであそびます。
遊具でもあそぶけど、地面が彼のフィールド。
主に、石や砂がすきで、遊びをたくさん作っていたのですが、草や、枯れ葉や、実で遊ぶ時間が増えてきてます。
今はそれが知りたいかのよう。
2時間ぐらいいろんな変化をして
遊びがうつっていきます。
草の触りかたをみてると、すこし、馬のセラピーでのセラピストがやるのを見て、知ったやりかたもします。
まるめて、そのあとは手をズボンで拭いて
感覚を消すのを忘れないけど。
かわりました。すこし。

 

一人で遊ぶから、社会的な感じはしません。
たまに、なにをしてるのか、みにきて、
のってくれる子たちもいますが、もくもくと、遊んでます。

ただその遊びは、自分で色々考え、こうしてみよう、ああしてみようがあり、わりと素敵です。
見飽きず感心する一方、社会性と乖離するようで、きがかりでした。

馬のセラピーの体験が、
そんなうちの子は幸せだったんだな。社会性だけじゃない。こんなところを消す必要なんてない。やめさせず、みまもろうと、決意させてくれました。
こんな感性で、社会的に生きることを、がんばりたいなとお母さんが変わってきています。

 

帰りのこの、探求の時間がすばらしい。

 

でも、幼稚園の時間は別物で、その追求のさじかげんは難しい。社会をみにつける場だから。小学校もそういうところだし。

社会性の時間と、自分の探求の時間は別物とわけてができてくれたらな。と感じます。

 

 

実に難しい、願いかと思いますが。。。

 

 

 

つぶしたくない感性と、身につけてほしい社交の場のふるまい。なかなかひっつかない。

社会適合をがんばりすぎて、素敵なところが、なくなるのはさみしい。

自分らしさをやらせすぎて、社会性がおろそかになるのはつらい。

 

 

自然派ってわけじゃなく、プラスチックのおもちゃ大好きやけどなん(*´◒`*)

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