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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

物欲とかの がまん つづき

うちのひとのこと。

うちのひとは、小さい頃おもちゃはだいたい買ってもらった記憶だそうです。特別な日がどうとかでなくて。

病気で入院したりするよな体の弱さがあったからもあるかなと言ってました。

 

覚えているのは マクロスのおもちゃがほしくなって、家で飲み会してるお父さんに、ちょっとこっちきて。と風呂場に呼び出して、マクロスの何々欲しいから買って。とたのんだら おおええで ってことだったらしい記憶があるそうです。

酔っ払ってるタイミングどさくさを狙ったのだろうか?

 

そのあとはファミコンがでてきて買ってもらったりはしてたなあってことでした。

 

そのうちに音楽に興味が移ったけどおこづかいでしてたしなあ。

あとはバイトもしたしなあみたいなかんじでしょうか。

興味がうつるし手に入れる方法もうつるから、そんなめくじらたてんでもーみたいなはなしをされます。

また、どうせお金がないから大したものは買ってあげれないよ。ごめんね。っていわなしゃあないよ。ってノリです。おおらかでいいなとおもいます。

 

で、いま、なんか物欲にはまみれてないし、ファッションにもまあベーシックなまんまでしょっちゅう買い足すもないし、なんだろう。おこづかいもないし。

自分の稼ぎのなかだからまあ、買えないよねえ。おこづかいもいえないよねえ。というかんじだそうです。

 

強いての願望はマッサージと温泉だそうです。

 

 

あそ。すごいな。もう仙人や。ガッキーが好きな仙人。邪心もある仙人や。

 

 

 

わたしは、意識的に、なにも買ってもらえなかったひとで、誕生日やクリスマスも文具とか、ブロックとか本とかでした。全く子供の声が反映されない思想統制ガンガンのプレゼントで、正直、嬉しいのかな??なんだか嫌だったな。が思い出です。

 

なんか りかちゃんとか、こえだちゃんとか、ああいうおもちゃ一切かってもらってない。ですね。

で、友達の家に行くと、自前人形がないので、犬の役とか赤ちゃんの役とかですごい消化不良でした。もうカーストだよ。

自転車はごねたのかキャンディキャンディでしたが。

 

ファミコンの時はお年玉を崩して妹と折半で買うから、オーナーが二人でよくもめました。

そのうち、かあちゃんがゲームなんぞあかん!って否定してたくせにマリオとかに参戦してきました。

母はわたしからすると、厳格なふりをしたおばかさんでした。

ほんまはそんな人なので、そんな人と結婚したら楽しくすごしてたんやないかな。

お父さんに従っていきてきて、夜は9時消灯とか、あさは何時起き、ご飯は静かに食べる。テレビはつけない。ニュースしか見ないとかそんな日々だったのですが、途中私たちの反抗期に便乗して変貌し、そのうちやしきたかじんのテレビにはまって大笑いして夜な夜なみていました。父は相変わらず自分のペース継続でした。

運動ができて、部活を掛け持ちしたり、リレーに選抜されてたと豪語してた母ですが、マリオが飛ぶ時コントローラーを引っ張るので、画面がガギーンってなったりするぐらい、きにいってました。(夫にそれを話すと、それは運動神経悪い人典型やといってはったので、騙されたんだなときがついたのでした)

あれ思えば使用料とればよかった。

 

 

でも、みんなもってる!って言って、ナイキの靴をかってもらっとりました。3年生ぐらいかな。生意気な。あんたのみんなは4人ぐらいといつもかえされとりましたが。

水色に白のナイキの羽マーク。すごい好きな靴でした。

ペタンコの靴と違って弾性が地面からぐいぐいくるし。

でも走るのはクラスで3ケツぐらいの遅さでした。靴がなくかんじねーふふふ。だってファッションだもん。

実用的なものならちょっと乗ってきてくれます。服や靴はいいものを。みたいな文化が母にあったので。身綺麗にとか。

でも結構いまいいかげんなみてらいです。親にはなんでああやって育てたのにこうなるんだ。といわれます。でも結構いいものを買っていますよ。そういうところは踏襲して凝り性です。なんでもいいとおもってない。だから教育は生きている。好みは合わないけどね。

お前の服装が恥ずかしいと。ははは。もうそう言われて25年は越えたので、自分の嗜好は完成されましたとさ。

父は外出はシャツにジャケット。ジャージなどはきません。

いえでも寝る以外はきちんとしたかっこです。義母がいつもほめてくれます。寝るときはパジャマです。

そのうちわたしも音楽が好きになるので、おこづかいと高校生の時、冬休みに唯一許可された郵便局バイト(親保守的ですからもぅ、ぷんすか)でためたのとおこづかいでコンサートなどに行くことになります。

郵便局バイトであった子がすごい面白くてよく音楽テープを交換してました。お互いまったく違うジャンルが好きなんだけど、意外性がたのしくて。

おたがい自分がすきなもの語り部で、聞き部で。高校卒業後その子は、レコード屋さんで働いてました。すごいなっておもいます。

服装も凝りたいけどおかねがないし、なんだかラバーソールのペチものとか、8ホールのくつのにせものとか、はいとりましたな。

Gジャンに、自分でフリンジつけたりとか。まあ涙ぐましい自己主張なり。

 

かたや買いたいものは常に認められてたうちと、買ってはもらえないし、しかも買ってもらえるものは親の検閲がはいったもののみのうちと、まったく水と油の二人の夫婦です。

 

でも物欲について歯止めが効いてるのはうちのひとのほう。

わたしについては、まあ好きですね。ものが。ほんとに。ちいさいときにおさえつけられたからか、借金まではしないし、桁違いのものはほしがったりまではないですけど、身の丈のプライスで買いたいものがあると買う方です。

 

夫には、かいたいというと かえばー家計を任せてるから、いけるならかえばー。

といわれます。

すごいね。それって責任とか義務を持って買うんだもんねー。

 

夫は偉いと思います。崇高。

 

お義父さんは、いつもうちの子に食玩をほいほいかってあげたりする、うちの人をみて、まあおまえはがまんしろとかいえんやろなあ。って笑ってました。

甥っ子がちっこいとき、いろいろ欲しいものを誰から手に入れれるかよくわかっていてすごいたくさん揃えていくので、ちょっとどないやねん。って陰口をわたしが言ってた時も、甥っ子なんでかわいいもんや、わたし夫のほうがすごかったでー。もっと上のワルや。と、お義父さん。

本人にそれを正すと、そんな酷くないで。甥っ子のほうがひどいで。いうてました。 

自己評価と他人評価。ちがう。 

 

ちなみに甥っ子いまも、マイペースに物欲を達成しているけど、でも性格的にはとてもいいかんじです。障がいのあるうちの子にも、なんかいいかんじで相手してくれてるし。甥っ子の母にきくと小学校の時なかよし学級の子で、甥っ子が好きな子がいて友達だったんだよと言ってました。

  

 

 

夫はうちの子に言われたものは、食玩ぐらいのものについては、ええよーみたく買うことが多いです。

 

で、わたしは またねーとかやってます。

 

結局親がやったことが嫌だったのにそうしてるのね。

 

ほんで厳格采配の、自分のことがどうかというと・・・そんなに人間性がいけてる感じないな。

あかんー

なんかしらんが、過去のまんまスパイラルや。

 

とりとめないけど、考えたら面白かったので書いとこ。

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