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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

褒美の理解 もうちょいかしら

とりあえず 取引の理解はいまは△

 


褒美の理解、もうちょいかしら。4つでゴールに設定。

結局まだ4つ揃ってない時点でお店行くといって、くすりがんばったら、というと怒り倒しておりました。

 

でもこれはもう決めたので応じず。。。

 

4つ揃ったその日に行きました。表持っていってだから行けたとご説明したけど、多分買ってもらうことでフィーバーしていて入ってないような気がスル。繋がっていないような気がする。

もうちょっと回数をふやしたほうがよかったのかもだな。

 

取引もコンを詰めて教えたら分かりそうなかんじだし、そこから教えたいことをするときに推進しやすくもなるかもしれないなという気配も感じたけど、そのたびにオモチャ買ったりしても別のことがおかしくなりそうだしなー

見返りを求めるようになったりしそうだしなあ。

 

いつも答えがありません。

 

 

 

普通に我慢をおしえるだけのことですね。ほんと。
それがたいへんだ。

 

 

 

とりあえず 取引の理解はいまは△

 

 

いま、へぼっとの、オモチャの3のやつが欲しいらしく、それをいわれます。

へぼっと3 おみせ いこか!といいます。

 

理由なく買うことはまあなく、買ってもらえることって非日常。ってことにしようで、にがてなくすりをがんばるか、おてつだいを何度かしたらとかにしよか。と、夫と話をしました。

おみせにいって普段食べるものを買うとき選んでもらったりとかして、解消するようなのもいいかもね。いるもののなかで、選択してもらう。と夫。

オモチャは買えないけど、朝ごはんのパンをえらんでいいよ。とか。普段のパンと違う高いのを選んでもいいやない。と夫。

これまたこのことでごねたら、おいしいパンが手に入るとかなったらこまるしー。

とぼやくわたし。

 

 

もうノイローゼだね!

 

 

でもこの生活必需品は日常で買うもので、そうでないものは特別のこと。っていうのはおしえてあげていいのかなとおもいます。今の時点でうちの子がわかってるのかなんて曖昧だ。

意識して行動するだけでも変わるかも!

 

 

 

まだ2つしか揃ってない時点で、おみせいくー!!!と大騒ぎだったのですが、それをお断りしたら、スーパー嫌な方法で、表現してきました。表現方法は自主規制。

 

 

ドラマ見てないけど、見てた友達から聞くたびに、ああうちの子にもたまにあるなあ。っていうあのかんじでした。

おためしとか 問題行動です。

尾野真千子役の登場人物が痔が悪化する起因のいろいろ。

 

ちなみに 登場人物のハジメくん。うちの子に友達曰く、見た目が似ているそうで、だから見てみろ見てみろというはなしでした。

え、あんなかわいくないけど???

うーん・・・正直って、内容がかぶるから、もうお腹いっぱいやからみいひんわ。日常やからなー。この刺激はもういらんわ。

っていうと、

え、そんなたいへんなん?
たまにうちの子を見ても、まあ言葉はしゃべんないけど、それなりにほげほげすごしてるかんじでそんな、爆弾見えへんで。

といわはりましたね・・・

なんというか、親しいものたちへの心の叫びっつうか、なんつうか。。。

内輪ではするようなのです。

 

 

虐待されてた子がやることリストでみたことがあるそれら問題行動。

 

ならわたしと息子の関係は、社会からは虐待してるって疑われてもしゃあないではないか。この表出っぷりじゃ。

虐待してないんですけど〜って、いっても、もう感情が出てぷりぷり怒ってるときも0ではありませんし、なあ。。。

もう何が連続帯で続いてるのかわからん。

 

 

ある人が見たらきびしいおっかさんだし。

ある人が見たら注意が甘いおっかさんだし。

 

 

でもうちの子の場合はたぶん、不安と心配のなか生きてる時間がながいがあります。

 

言葉の聞き取りがイマイチなので次何が起こるのかよくわかっていないまんま物事が進みます。言葉の表現ができないので、自分の意思があってもなかなか表明できないまますすんでいて、悶々としていたりします。

また知的な部分で、まだきいてもはっきりわからないことや、示しても、なんのことか理解できてないところもあります。未熟です。

 

 

うちの子も生活の中に不安、心配がある。ということでは、このドラマの養子の男の子と似通うものがあります。ってドラマみてないくて友達の話だけきいておもってるんやけどね。

 

だから問題行動が、虐待される子にある例とおなじようなのがあるし、どぎついのかもしれない。

 

でもあかんことは、おしえていってあげないとね。違うことに変わっていってしまったら困ります。

 

先日、違うことに変わってるのにあまり気がついてなかった事件がありました。

 

注意していることが本人の楽しいことにかわってるよーと、友達が教えてくれた事件です。ああいったことを教訓に、正しいことを教えてあげるだけなのだろうし、教え方は工夫するときに、いろんな方法にお世話になるかもしれません。

出発点から本人の行動の意義が変化していく感じ。

 

 

はっ。これって業界でいう誤学習のはなしか!

 

 

夫いわく、たぶん思わず体がそうしちゃう。ってかんじでなくて、明らかに自分でこうしようと思って意思でやってるからな・・・でも本当はそんな自分が嫌だと思ってるように見えるんだ。

正しくふさわしい行動を提案してあげるんだけど、このやり方が正解っていうのがきっとないので、みながら考えて提案をやってあげたらいいと思うよ。

わがままから始まってることもおおいよね。

わたしがいろいろと考えるのは答えがないかもしれないけど、どうするのかの突破口もあると思うから、考えるのは悪くないよ。

 

 

とのこと。

すごいな。なんかそれ聴いたら気持ち落ち着くわ。

 

 

 

わたしへ。魔法はないよ、おっかさん。

 

いつもだんだん困ったときに、先人の知恵を拝借することがおおいです。

例えばABAやらTEEACHやら。でもほんとええかげんです。ええとこどりができないものか勉強を自己流だけどする機会がこの3年の間ありました。

市のサービスで無償だったり、社会福祉協議会の絡みでやっている勉強会だったりで、世の中のおかげで自分の子育てを模索する機会を与えてもらっているのです。

いろんな人がどうやったらその子が前進するかを模索したことに敬意を持ちたいと思います。

 

また、園の先生たちは、テクニックにこだわらず、集団全体とうちの子を見て、どうやったらできないことができるようになるのかを、それぞれの担任の先生の持ち味でやってきてくれていているようです。
実はそんなにフィードバックがなくて、、、いつのまにかできたみたいになってます。

その過程や、努力、苦心みたいなのはあまり知らされないのでした。

そんなものなんかな?ちょっとさみしいけど。でも感謝。

ちょっとおうちで困りごとがあるのでと、SOSをだしてみました。3年間で自分で手を挙げてちゃんと、初めて頼る感じかもしれん!

いままでは、さりげに助けてもらっていただろうけど、自分でSOSをしっかり出せなかった気がするです。

 

 

 

 

ぼちぼちやろう。

 

 

 

 

 

 

 

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