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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。

いつだって自問自答

おかあさんのおもい ASDってどんなのかな

きのう言語訓練の日でした。

まあよく怒ってますよね。ホントよく怒ってます。やりたくないことについては。

 

 

先生といろいろはなしをおわったあとさせてもらって、質問してみました。

 

今の方が気持ちの爆発みたいなのは大変で、よく怒ってる。怒ってるってことは社会適合し損なう。親でさえ、怒っているのがつづくと、手を差し伸べるのを前向きにできない日もある。

 

 

と。

 

その話をしたら、今、おそらく、気持ちの分化ってのがはじまってきたのではないかな?ってはなしをしてくれました。時間もなかったので簡単に説明をたぶんしてもらったけど、頭にしっかりわかってないので、気持ちの分化をネットで調べる。

今は便利になりました。ほんとに。

 

でたまたまヒットした秋田の新聞の連載みたいなのが、ほんと、うちの子みたーい!ってかんじでした。

 

引用させてもらってしまうと・・・

 

  • 大騒ぎで自己主張する。泣いたり騒いだりの度合いがひどく、しつこかったりする。要求が通るとケロリと静かになることから、大人は要求に応じることを学びがち。
  • 自己主張の時期は、子供は感情を分化させていく。
    快 不快 のレベルから、喜怒哀楽の感情世界を築きはじめる。あわせて他者の感情にも目を向け出す。
  • 怒りの自己抑制をできるかどうかは、適応状態に大きな影響を及ぼします。
  • 人間の会話には、1感情の交流、2情報の伝達の2つがあるとされてる。たのしかったよ、どこどこにいってのばあいのどこどこは情報の交換。たのしかったは感情の交流。多動の子は会話の中で感情の交流があまり見られない。相手の気持ちを尋ねたり、励ましたりがない。褒めたり慰めたりもなかなか聞けない。でもそれを知らないとも言えます。そこを教える必要がある。

 

だいたいうちのこ。決めつけるきはないけど、傾向として該当該当。

 

 

秋田魁新報の、湯汲英史(ゆくみえいし)先生という方の 最近「子ども事情」という連載でした。
どのように、取り組むかは子どもを見て考えるとして、子どもの観察の仕方、先生が思う応対みたいなのは読んでいて大いに参考になります。

このように普通にそれを読める状態にしてあるのがすごいことだと思いました。

なかなかの厚いたくさんの情報量です。

 

おんなじようにハンディがあるよっていう子育てをしている仲間たちにはいろんな子がいて、そもそも中にはほんわか笑顔のひともいる。

いちいちキレない。おこってもまあ多少多少。って人も私には見える子もいる。

そういう子は助けてあげたくなるよ。わたしもね。

 

でもうちのは、こっちのほうだなあ。

 

割とニコニコしている子の親は、うちの子もきっとそれなりにはかわいがってもらえるよーみたいにはなしてくれたりするけど、、、

うーん???うちのは、なかなか厳しいぞ。

 

っておもう。

でもやるしかないからねえ。

丁寧に気持ちの説明をして、ふさわしい行動とか、ふさわしい言葉を教えたり。。。

 

どこまでできるかわからないけど、、、

 

がんばりたいし、するしかない。じぶんのスーパースーパーできるだけをして、おしえていってあげることだ。

 

 

言語の先生と話していて、甘やかさないけど、甘えさせる。というフレーズがでてきた時、これはよくかんがえなきゃならないわよーとすごくおもいました。

 

 

先生は「お母さんはその辺考えてうまくやろうとしてると思うけど〜」

 

とは立ててくれました。

いつもありがとうです。もうホステスさんの域です。ほんまに。親子でパートタイムラバーです。感謝です。

 

が、これが難しいのだ。

 

子どもの立場状況発達の状況で理解できることを考えて、やりたいことに寄り添う一方その中では、絶対ダメなことだったりをおしえるのを目指したいとはいってるけど・・・

 

うまくいってないから問題行動が出てくる。また対処が遅れてるから、ちがうことにかわっていってる。

それに気がついてないから友達に教えてもらったりしてるぐらいの実績です。

 

また、先生は、私は子育てをしているわけではないのですが、やっぱり社会でやっていくのをおしえる立場だから、イニシアチブをとる。的な、はなしもしてくれました。

 

寄り添いすぎてイニシアチブが子にいってることもなくはないです。
ふりまわされてることもあるだろう。

 

先ほどリンクしたことの続きに大人の役割について湯汲先生の説明は、


発達の目的は2つだそうで、自己形成(じぶんで考え判断し、行動すること)と、社会化(形成されたじぶんを社会の中で活動できるようにすること)

そして大人は自己形成と社会化を進めるのが役割。

子どもは大人に判断基準を求めてるから、はっきりとした判断をして教えてあげなくてはいけない。やっていいこと、だめなことをおしえる。

 

子ども主体はなんでもOKではない。

守らないといけないことを守った中で、尊重する?(これは私が勝手に読み取ったことです)のよなこと??

はっきりかいてあるのは、判断基準を示して枠組みを決め、望ましい行動を褒めながら促進。でした(ってこれは望ましい行動の強化の話だから、ABA的な話なのかもな)

↑この辺確かにわたし次第のような感じな気がします。
うちの子の親がわたしでなかったばあい、ちがうやりかたでその辺を明らかにして接してくれるような。

どうするか(どのような伝えかた、教え方)は子どもそれぞれの個性があるので、じぶんで探すことですが・・・

 

意義はほんと、そうだろな。とおもいます。

 

じぶんで考え判断行動と

そのじぶんが社会で活動できるようにすること 

二つはすごく連動しています。

 

 

いつだって自問自答。

状況はいつだってルパンと銭形です。

 

後できっと思い出さないといけないことがあるようなきがする。

かいておこう。まだ感じなくては。。。感じて動かなくては。模索。

 

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