sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

プール。それと我慢。

我慢を重ねると、モンスター。

 

プール、後2回。毎回毎回、腕浮き輪!と聞かれます。

でもプールの教室中は腕輪はつけれませぬ。もっていって時間中外すことでもめるのがいやだったから、持って行ってなかったのでした。

残り3回のときに、なやんだけど、今日は外す際、どんなにごねてもお断り、我慢。の決心で持って行きました。

始まる前、意外にすっと返してくれました。そして、終わった後また使いたいというので、わたして使いました。

 

でもそん時に何か構想を練っていた遊びがあったらしく、残り2回の日もっていったら、これをつけて、隣のレーン(深い)で遊びたいとのこと。

いつも、小さい子や、ウォーキングをするお年寄り用に底上げしているレーンで遊んでいます。そのレーンは本来の右側通行のルールがちょっと破られててもいい。

ただ、飛び込みだけは厳禁。

深いレーンは右側通行厳守だし、深いレーンの中には立ち止まりしないルールのレーンもある。

さてさて、教室も始まる。

今はダメだというと、腕輪をつけないでいいから底上げしていないレーンに行きたいとエモーショナルになってきた。

腕輪はおいてくれたものの、今や腕輪さえどうでもよくってやりたいことをやらせろー!!!!となってしまっていた。
そうなると教室でやる内容はやりたがらない。へそをまげて。。。

 

でも、そこは切り替えて教室は頑張って欲しい。

我慢をしている息子は、嫌だね〜ともんすたー。すったもんだすったもんだ。
我慢の理由もわからないってのもあるだろう。

レッスンでとちゅう、やりたかった遊びの道具を発見。

これしたい!でもそれは先生がしようというまではまだ。

やりたいことできないがまた募る。怒る。

そっちがそーくるなら、おいら、教室でやることは嫌だね!っていうかんじで、エモーショナルに怒りながらやりたいことをしつつ、レッスンが過ぎていって終わっていく。

いよいよおわり。みんなよりすっごい、離れて、最後の体操。

 

そもそも、体操はもともとしない。体操に価値がないらしく・・・頑固。

でもみんなのそばにいて、ぶうぶう言ってる感じだったから、こたびの、みんなから一番遠いところで(プールの対岸まで移動した)ぶうぶうは、もう、俺表現。自分の気持ち大表現。だとおもいます。

しかもそこでボンボンベットみたいなんによこたわって、足踏みだけ体操したりとかもう不遜な感じがもうはらたつ。

 

できるときできないときを教えるために、できるときもおしえようかと思案し、おわったら浮き輪をつけて隣のレーンにいってみようかなとおもったけども、そこでプライベートレッスンが始まったのでいけない。

ま、いいや。今もできない。って話しよう。

細かい見通しとかルールは今はわからないかもだけども。。。

 

しばしすると、 となりがブッブーなんだと認識したようで、 こっち ブッブー。とつぶやいてはったわ。何回も。

あとは教室で一緒のお兄ちゃんに、中学校ぐらいになったらいってもいいよ。と何回も言ってもらっていて、そこが印象的だったのかもしれない。ママ〜こっちピンポン。息子ちゃんブッブー。

とも言っておられました。。。ふふ。

 

しかしながら、たくさん我慢するとストレスが溜まりもっともっと発散したくなる。そのスイッチが結構入りやすいところがあって・・・

そこは普通の子よりちょっときついと思います。

 

その反動で、着替え前のシャワーを水でやるというので、またこれまたすったもんだすったもんだ。

外は急に寒くなったので、それはあかんを教える。

 

母ちゃんはへろへろでした。気持ちをぶつけてくる時はにこやかっていうより怒ってるから、不穏な音声を発してるし。。。

 

こんなことを繰り返して我慢を覚えているところだろうと思っているので、経験経験とは割り切りたいけど・・・

 

はーそりゃ聞き分けのいい子のほうがいい。

でもこれをめんどくさがってやらないとあとできっともっと付けが回るのだから、やりたい気持ちは買うけども、出来ない場所、できない時、やっていいとき。

普通の子の何倍も何倍も教えるだけ教えるだけ教えるだけ

 

と、呪文。

外は夜、そして雨、試練が続く。さいきんちょっぴり雨に濡れたらうるさい子だし、今日は家までが遠い。車をしない自分が残念。このあと、こんでいる電車にも乗る。

ああ修行。

家人が仕事をおわらせ、フォローに来てくれた。ありがたや。たすかりました。

一人で乗り越えるのはめんどくさい。最寄駅についたとき、もうすぐゴールだ!と喜んでいたら、天国にあんたいけるよ。といわれました。

そうか、もう生き地獄で修行してるからか。

耕三寺の地下の地獄のんを見て憂鬱だったし怖い怖いいっていたら、なんでそこまで驚くと言われたけど、自分が将来行くかもと思ってるからだよって話を家人にしていたからね。

 

さあ、どこにいくのかねえ、死んだら。

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