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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。

せんせいたち

来年小学校一年生。

普通の子ならば普通に地域に進学して〜という感じの人が大多数だろう。

 

特に親の指針はないから、普通に元気な子なら何も考えず過ごしていただろうと思われる今年度。うちの子は障害があるので、地域以外も視野に入ってきます。

 

早くに子供と地域の特徴を見て決めた人、地域は考慮に入れなかった人、いろいろです。

 

現在、親に裁量をもたせてくれるような方針の自治体である我が市は、無理強いされることは本来ないことになっています。とはいっても、地域に見学に行った時に、うちにはこんな子しかいませんよ。安全面を保証しませんよ。などと遠巻きにウェルカムな感じを出していないような感想持った親御さんもしっとりま。

 

先日、もう2年半ぐらい、参加できる時に入っている勉強会で、お医者さんの先生で市や地域とも結びつきを、何か障害のある子にできることに奔走しておられる方が、進路について講演をされてました。学校の概要と、狙いの話でした。

 

そして選び方において、いくつか説明しておられた中でわたしがハッとしたのは・・・

 

障害の状態に関わらず、おトイレもちゃんと完成していないような子でも、地域が来ていいと言ってくれるならば、迷う時であっても、そうしてもいいと思う。
すごく慣れたせんせいがいなくなるような事情があり、来年の職員体制では難しい。そこを伏せてちょっとーみたいにはっきり言わない歯切れの悪い話のときもあったりで、地域もいろんな事情を孕んでることがあるから、差別されたというより、現場の事情もある。

 

障害の度合いでいうと、支援校のカリキュラムが向いている子でも、ざわざわした集団などが苦手で集中するのに安心するのに萎縮したりしているような子ならば、必ず支援校に行かなくてはということもないので、子供の様子を見て地域の様子を見てそれもチョイスしていいと思う。

 

でした。

 

地域の学校の先生、7月の校区訪問にて、うちの子に、きたらいいとおもう。とおっしゃってます。みんなと同じ机にいることだけが、地域の勉強ではないと思う。ずっと同じ教室にいれなくても意味があると思う。と校長先生。

 

でもね。どうなるんだろう。

わからなすぎる。と思って、9月に一度息子とお邪魔したりしました。割と7月も9月も表情はリラックス。

9月に限っては問題行動を起こしましたが、せんせいたちはなるほどなるほどと。こういう子だねと。そして、これが理由でせんせいたちでもう一度相談したりの必要はないですかね?と聞くと、断ったりはしないよ。と、校長先生。
お母さんが気にならないなら!とのこと。

 

レベルが低すぎることはあまり相手は問わないようです。

 

10がつになり、運動会があるので、9月末の予行演習にお母さん一人いきました。

朝から昼まで立ったまま、見てしまいました。見たくて。

 

支援級のお友達に対して先生の働きかけが、わたしは納得でした。

 

むりやりやらさない。でもその子なりにやっておりました。できなかってもいいとおもっています、そもそも親は。

無理やりやらされたりするのが意味ないと。できれば、自分でやってみようかなとなれば上出来、少しでもいれたら上出来。
多分無理やりは、いやだったのになーとなることで、達成感とか自分でやった感とかがうすいし、反発しそうで不要なトピックに見えるなあって思っているお母さん。

もちろん、背中を押されたいタイミングに、ちょっと伴走してもらってうまくいくことがあるけど、それは多分タイミングを熟知してるから。

これは自分に当てはめてると思います。無理やりやらされてたことは、できたことと同時に、いやだったなーみたいなのも残ってるのです。自分が。

 

うちの子には耳の問題はもしかしたらあります。音の流れる行事はしんどいかもしれません。

感覚過敏がどんなぐらい本人にシリアスかわからないけど苦手な音があるようです。一般に言われている、自閉っ子の、ドライヤーとかそういうのは平気なのですが、音楽によってはダメみたいな不思議な感じです。

集中する時にたくさん聞こえてて困ってる時もあれば、自分で多重に音を再生させて遊んでいたり・・・この感性は多分我々にない。。。

我々にない次元で生きてる感じがするので、それは自由、やめてほしいとかではないかなとおもってます。

こんな子か。と。

同じ感性に人が圧倒的に少ないからちょっとかわいそうだけどな。

仲間より、迷惑に思う人の方が多そうで・・・はは。

 

でもじぶんはじぶんだ。

じぶんをやっていいのだよ。社会のルールを守りつつ。それをおしえてもらいつつ。

 

さて、無理強いしないけどいろいろ働きかけてる先生たちは、素晴らしく、とても信用できると思いました。うまく伴走して背中を押す。後は本人次第。な感じです。

できることだけが結果ではなく、伴走の様子が大事に思えます。信頼感というか。

 

しかし周りの子はしかとちゃんとやれ、自分で管理しろ!と先生たちにかなりどやされております。

できることをできたらオッケーみたいなうちの子についてどう思うのか??

先生たちは教える時に矛盾して疲れないのか???というはなしをそばに来た教頭先生にしてみたら、みんなは差別というより自分で考えて区別しているからあまりそこは気にされなくてもいいと思います。とのことでした。

 

なるほど。うちの子ぐらい度合いがきついとそうなるね。

 

しかし、この時いつも頭によぎるのは、高機能の子のことです。

わたしのうちの子供のように、スイッチがはいりやすく、そこに抑止力がともないにくいことがおおいとおもいます。そういう脳の構造というか・・・

ぜんとうぜんや??はやりでいう。。。の機能が苦手なのかな??

でもいろんなことはこなせるし、コミュニケーションも一応うちの子たちのような子たちよりできてわかってもいるように見えるから、どんどん誤解されやすいのだろうな。と。

 

想像できたところで解決策もないのだけどね。

 

 

さて、うちの子は全く別な感じだから、先生たちは信用できるので、地域もいいのかと思います。後は本人次第。そして、めげた時のシェルターを頑張るガッツがあるかの親次第。

信用できるのはせんせい、信用できないのは私。心配なのは息子。

 

今頃こんなことを言ってる人は珍しいです。だいたいみなさんもうきめちゃってるもの。でもわたし本当にどちらも校風がわかるようでわかってないので何度か見てからとおもって。

 

予行演習の先生たちの様子を見ていて、教頭先生と話をしていて、せんせいたちのことをすごく尊敬してしまいました。

第一わたしはおばかさんで、小学校とかのとき、教頭先生は、鯉に餌をやったり花壇にお水をあげたりしている人。なにしてるんやろ?と、友達ともいっとりました。

なんやろ教頭って?などと。

しかし此度人生で一番教頭先生におせわになっています。

 

運動会当日、息子に家の近くの高台から見せてみました。こんなことをしているよ。と。

息子ちゃんしょうがっこいく!と言われたのでつれていきました。自分で言ってくれてよかった。そこまで誘うのはちょっと一苦労でした。自分のしたい遊びを中断して行く理由がわからなかったのかもな。

ついたらインカムをつけて走り回ってる教頭先生がいました。

前日の予行演習の時に、支援級の子で演技がいい感じの子がいて、どうやってこの悪天候の中練習したのかな頑張ったんだな。と思った。と、教頭先生に言った時、ああみたかったなーすごく。と言われました。

当日のお楽しみですね。というと、僕は当日は見れないのです。そういう仕事なのです。とおっしゃってました。

リレーの時に支援級のお友達に遠からじ近からじで激励しながら、伴走する支援級の先生。

ふと、先生たちに子供がいたら、大体同じ日に運動会が開催されてるから、自分の子供のは見れないのか、その時褒めれないのか。とおもうと、なんだか、仕事をがんばってるせんせいたちを尊敬しました。すてきだな。と。

現場のプロなのだろう。


子供という人たちは、家だけではおっきくなれない。家の困った時の基地のかんじと、学校は違うだろうけど・・・ずっと家の中でおっきくなるのも世の中が限定されてしまうものね。

 

息子は、設営のたんびに待つ意味がわかっとらんので、帰る帰ると言ったり、ダンスなどの演技は興味がうすいので帰る帰ると言ってましたが、つなひきや、リレーはすごい興味津々で、結果が出るたびに、ざんねん!あかかっちー!しろかっちー!などと、ちょっとエッセンスを持って見てました。

後たくさん音がなってる時近くで見てると、どこを見たらいいか、つかみとれてないし、何か集中を損ねるようで困っとりました。特徴やわ。

耳ふさぎをしないだけで、いつも震えるメーター止めるのに、じぃーっと耐えてるかんじ。

高台に上ったり校舎の上から全体像を見て取り込んでた印象です。

彼は見るプロだとおもっとりますが、運動会観戦もそうでした。

 

翌日のきょうも、朝、小学校の写真のカードをボードに貼り付け、しょうがっこう!と言ってました。

 

きょうはしてないの。運動会。

 

昨日一応夕方、くらくなりかけてから、高台に登って、うんどうかいおわったので、おかたづけしたね。なんもないねー。しょうがっこう。テントないね。

と話しときましたがな。。。

なにか、いい感じのイメージを受け止めたのかなと。来年、いれるのかな?そこ。

 

こんなに悩んでもどうせ、校長先生とかかわったり、せんせいで違う人がやってきたら私のこの感想とかこのムード覆るからね。

それでも選ぶのか。どうか。そこには軸足はおけないもんね。ことしのモデルのようなかんじです。

 

さて、進路もう大詰めです!(の、のんびりだな)

 

 

 

 

 

 

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