sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

ねこはどこー

ねこを探す息子。

 

近所の子は、

ならば。と、いるたび教えてくれる。

「〜ちゃんこっちやで!そっとやで。そっといかな。」などど解説も交えて。
へんてこだけども、ちいちゃい時からお世話になってるのでこの子はこんなもんだ。って応対だ。

 

去年、息子さんがさくらのはなびらが散るのをずっと眺めていたときも、
わたしが「いくでー」「はよきぃ!」などど声掛けしていたら、

「あのね、〜ちゃんはいま桜の花びらをみてるねん。待ってあげてくれる」

と彼は、言いに来てくれた。

 

ありがとうね。ほんまに。

 

これってすごいことだなあ。

相手がどうしたいかを推し量る。重んじる。自分がどうしたいとかはさておいて。

 

そんな人の粋な心意気に支えられてずっと生きていくだろうと思われるうちの子。

 

もらってばっかり。のうちの子。

 

なにか。返せるようなことがあればいいなあ。

 

でもそこに ん? ってなる人がいて 自分をぶつけてきてもそれはそれで自然だと思うわ。

いろんな人がいるわ。本当に。

 

ご近所さんのおじさんおばさんたちもすごく、好意的に接してくれたり、挨拶ができただけで褒めてくれたりする。

これも、皆さんの粋な心にあまんじて、幸せになっているところです。

 

でもやっぱり、 ん? ってなる人についても自然だと思うわ。

そこについて被害者ぶったりはしたくないなあ。凹むのも自然だと思うけど。

みじかな人はへんてこ息子の、ふつーのところも子っていたりするから大目に見てくれる。

でも道で会うひととかはそんなことはしらんものね〜

 

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