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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

去年の担任の先生

今朝偶然去年の担任の先生が園バス停前を通りかかった。

バス停が変わったのがそことは先生は知っていなかったので偶然だし、偶然素敵な出会いがあったなーっていうてはった。

あかちゃんといっしょだった。

このあかちゃんは、ずーっとずーっと一緒に過ごしていたあかちゃん。産休に入るまでお腹の中にいて、息子のクラスのドッタンバッタンの音を聞きながら先生といっしょに過ごしていた。

息子、先生とはちょっとしか目線が合わなかった。

切ない。

親としては切ない。

でもちょっとニヤっとしていたそうな。

そして、去年クラスメートの男子もバスの中から先生と目が合わない合わない。とおもいきやちょっときがついてニヤっとして見て、バスすぐに発進。

でも首をグイっと曲げて先生の方をも一度じっとみていた。

 

どこを見ていいのかわからないぐらいにたくさんの情報が入っているのかもと思うことがあるけど今日もそれを息子を見ていて痛感した。

われわれは適当に見るべきものに注力できてしまう。

のかも。

 

可愛がってもらえるような人になってほしいっていう親の願望はあるけども、一筋縄ではいかないなあ。。。とおもう、育児です。

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