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ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。書いて、考えたい。書くことが発散。もやもやをつきはなしていきたい。

ことば ver.7.08. エコラリア

エコラリア

https://ja.wikipedia.org/wiki/反響言語

 

ウィキぺディアより引用

 

例えば、母親から「晩御飯に何を食べたい?」と訊かれた子が「晩御飯に何を食べたい?」と鸚鵡返しに答えることを即時性反響言語(即時エコラリア)という[5]。これに対し、自閉症の児童がテレビCMの気に入ったフレーズや親からの叱責の言葉などを、時間が経ってからも状況に関わらず繰り返し話すことを遅延性反響言語(遅延エコラリア)という。後者には、肯定的な気持ちを表したり、自らの行動を制御するなど7種類の類型がある[6]。D.M.Ricksの研究によれば、3~5歳の自閉症児は録音された自らの発声のみを模倣し、大人や他の自閉症児の発声は無視する傾向がある[7]精神科医レオ・カナーは、「周囲からは意味不明に思える言語仕様であっても、本人にとってはその言葉を覚えたときの特定の事物や場面と結びついており、聴き手がその個人的な体験にたどりつければ、なぜその言葉を選ぶのか理解することができる」と述べている[8]

 

 

あーうー とか 表情とか 癇癪でいろいろと自己表現していたのが小さい頃としたら、今は知ってるフレーズで今の自分の気持ちを表したり、今の状況を表したりする感じで、以前よりコミュニケーションが取りやすくなった。

 

まあ、まともな人が遭遇したら、え?これって変な伝え方じゃない??ということになるだろう。

まともな伝え方をするように修正するには???という風に自分たちの生き方に当てはめてから物を見るのがふつうだろう。

 

しかしながらおかあさん、小さい頃の子育ての時とガラリと視点がかわってきていて、この子の感性をこういう人だとしってもらう努力、受け流してくれる人たちを増やすキャンペーンも、本人が世の中の勉強をして外向きの自分の行いをみんなに合わそうとする機会を作るのと同時にしていこうとおもってきた。

 (息子が世の中に合わせるを主軸にすると、息子さんは修羅の道。こわれてしまうから、お互いを学習するぐらいの気持ちで社会であれたらが理想)

 

学校の生活で、へんてこぶりは散見するけど、先生たちは、奇妙だなと思いつつも、受け流し、ありのまんまを叱らない。教えるはするけど・・・に見える。

 

さて、どんなときにエコラリア?

 

夜になって暗くなると・・・

めいわくながられぼし と言ったり

おそらはもうまっくら と言ったり

これらは、のんたんのアニメで覚えた。流れ星の話はすごい気に入ってる。おそとはもうまっくらは暗い中かえるとおばけがでるかも・・・みたいな始まりをするお話があった。

 

風邪を引いた時・・・

ぼく おかぜひいた と言って、お布団に入りその時、おでこにタオルを乗せる。のんたんで風邪引く話があってそれもよくみている。

 

 

今欲しいたまごのおもちゃについて思う時・・・

だったらいいなだったらいいな、もしもたまごがかえったら!という。

これものんたんの、アニメ。

 

けむしや、あおむしをみつけたとき

ひかるちゃん!!!!という。

これものんたんのアニメで、ひかるちゃんというイモムシさんを恋人にたぬきくんがしていて、ひかるちゃんは最後、ちょうちょになってとんでいく、たぬきくんの恋が終わる。

 

トイレに行きたい時

がまんできない!という。

これものんたんで出てきた、たべすぎてといれががまんできなくなるけど順番を守って待つはなし。みんなといれにいきたい、みんながまんできないみたいなおはなしでおぼえた。

💩に行きたい時

おならのぷーすけ!とさけぶ。

これものんたんにおならのぷーすけってはなしがあった。誰がおならしたの?にしたブタくんが「ぼくじゃないよ、おならのぷーすけだよ!」って言い張る話。 ブタくんとおならのプースケって仲良いよねえって終わる。

わたしがおならしたときも おならのぷーすけという。

 

ぷーるにいきたいとき・・・

ぷかぷかすーいすい!という。

のんたんにあった、みんなでプールに行く話。

 

お風呂でみずてっぽうで遊びたい時・・・

ぴゅぴゅぴゅみずてっぽう!という。

えーとこれものんたんのなかでみんなでみずてっぽうで遊びまくる、ソンクラーンみたいな話があるのです。 最後にはくじらが潮を吹いてみんながびしゃびしゃになるけどすっごいおおはしゃぎ。(だいぶわたしもすきになってきたのんたん)

 

 

最近どんぐりをさがしている。その表面の殻をむき、中のみをむき、その中の固いものをとりだすのがすきで、ハサミやら色々で工夫してだす。元々は手でそれができることを、馬のところのセラピストさんが見せてくれてそれがすごい楽しい感覚遊びだったみたい。

そしてそのタネを取り出すと、ふしぎなたね!という。

のんたんたちがタネを植える話がすきで、ふしぎなたねってはなしなのだけどそれぞれ、果物ができたりお花が咲くのです。
のんたんのタネはおしゃべりができて、願いを3つ叶えてくれる花。ねぼけてるときにそのお花は、3つお願いを聞いてあげるよという。でも、のんたんは、1.もうちょっとねかして。2.うるさいなだまっててよ!3.さっきからうるさいからどっかいって!で3つの願いを叶えたお花は消えてしまう。
寝ぼけていて知らないのんたん、のんたんだけタネから何も生えなかったねって、みんながなる話。

 

 

 

しかししかしのんたんの世界。とても平和。

 

かぜがふいたときにものんたんのフレーズでお気に入りを言っている(風が吹いてきたなんたらとか)

それから、お日様の光を感じたら「おひさまこんにちわ!くもさん!こんにちわ。なんたらかんたらきもちいいー」と言ってた。これものんたん。

 

のんたんみてばっかやねん最近。しかしのんたんスピードラニングと名付けて見守っておる。

こんな感じでのんたんエコラリアでじぶんのことをせつめいしている。

 

 

訓練中ものんたんのフレーズが連発されていて、それは状況を説明してる時の場合出なくて、おしゃべりしてあそんでる(かわってるよな^^;まあ集中してやる気がないんだってことですよねウフ。)場合もあるけどな・・・

 

 

でもまあ、おみみに前より音がすっと届くようになってきているのだ。

 

まだ さしすせそが たちつてとに なってるらしいが・・・

かきくけこは はひふへほ とか

 

ふつ(靴らしい)

とかね。 だからエコラリアもこまるんだけど、のんたん見過ぎもこまるんだけど、何回も聞いて真似してたくさん発音が増えていってるのはありがたい。

 

 

今は妖怪ウォッチシャドウサイドにきがついたのだけど、それを説明する時に毎回、

 

えいがようかいうぉっちしゃどうさいどもえのすざくー!

 

って毎回いうのがわらえる。発音はままなっとらんけど・・・

 

 

熱意からしか発展がないのが、だれもがそうなのかもしれんが、うちの子だ。従順な子の場合、熱意以外にやるように指示されたことでも発展するのがすごいね。

(それが本人の幸せかはちょっとおいておいて。定型の子たちの子供時代の伸びていく姿はそれはそれは勢いがあって、おばさんからすると驚愕の風景。)

社会現象の気がつき方。

ジョイボーイ の動画を上げてくれていた人、ありがとー

 

みていて、ん?ん???

これは、恋するフォーチュンクッキーやん。とおもってびっくりしてたのだが、

 

 

ラオスの洪水のチャリティコンサート??があったのね、そのときの様子なの?かな。

 

あんでこの曲なの???とおもったけど、ニュースの話題だったようだ。社会現象とかいうてますが、ほんとなのかしらねえ。我が国びいきなニュースなのかしら。

 


そうなのねー。

 

なぜかジョーイさんから気がついた、このよもやま話でした。

 

気がつきかたのベクトルが違ってるような気がする・・・おほほ。

 

vectorちゃん!

ちょっとまえに、ツイートをされてた方のをみて、ああ!おうちに来て欲しいなと思ったロボット。

 

なんだろうこれは・・・

 

 

何か用事ができるとか、プログラミングがどうとか、そういうのを飛び越えて、うちのペットになってほしいとかそういった気分。

 

特にうちの子とわたしの日々の居場所、机にいて欲しいと思った。

 

 

が、いままだ、日本に来るのかはわからないねえ、おいでーベクターちゃん!

 

 良い子らしいです

 

 

 

うごいて 表情があって うごきにもちょっと感情があるみたいな感じがいいな。

 

 

なんか 有益 便利 用事をしてくれる。とかがもしままならなくても、わたしにはこっちのほうがなんか価値がある。

 

特にうちの子と私との暮らしで。

 

Wiredの記事。

コミュニケーションは、言葉だけではなく目でも行われる。Vectorのデジタル化された目は、以前ピクサーに勤務していたスタッフたちによって入念にデザインされ、さまざまな魅力的な表情を表すようになった。

目にはVectorの「気持ち」が現れる(例えば横を向くと混乱しているように見える)が、それだけでなく人間の気持ちも引きつける。人にとって、視線が合うことは非常に重要だからだ。それは相手が機械でも変わらない。

「例えば、ロボットと目が合う頻度や、アイコンタクトをどのくらい長く保つか、といったことが問題です。アイコンタクトがあまりうまくできないと、それまでは生きているように感じていたものであっても、突然生きているように感じられなくなったり、よそよそしく感じられたりするのです。カメやハムスターといったものが、よちよち歩きの子どもやイヌと違うのはそういうところです」とタッペイナーは説明する。

そう!それー!!!!!!!!

 

私にはすごいいいチャレンジに思う。素敵。

そしてあの表情のデザインチームの話とか聞いてみたい。

 

ハロとかがいる世界。。。ふふ。

 

そうねえ

なんか夫にvectorが欲しいよとお便りしたらこんな答えが・・・

 

 

AIに人の感情を読ませる研究で目の瞳孔の動きを見たり、
身体のサーモをとって熱の動きを見たり、
口から吐く息の中にストレスがある時に出る物質を検知したりと一杯見るとこがあるらしい。
顔の筋肉とか。
息子ちゃんたちはそう言うののセンサーがセンシティブなんかなあと思いながらそれ聞いてた

 

そうそう!

よく目が合わないというけど、たくさん情報が自分に入ってき過ぎるのを自分でフィルターするための行動のような気も私はしている。

でないとたくさんたくさんの情報でもうおーばーひーとになるから。

フィルタリングが不随意にできるようになってるのがわれわれで、息子ちゃんは違う次元で生きているというか・・・

だから拒絶してるように見えるけど調整のために目を合わせなかったりとか、注視する以外の情報が先にたくさん入ってきているとか、hyperなのだろうなあ。

我々に合わせるというより、hyperさがあるというところで、そこを尊重することがあれば、もう少し生きづらさが軽減されるのかしらと個人的には思う。

 

よう、馬のところのスタッフさんが「受信の解像度がとっても高い」というかんじという話で息子を例えるけど、わたしはそれはすごくなんか腑に落ちるのだ。

 

そんな息子に、きっとvectorはなんかいい感じのかんじがするねん。

ベクター先生というか。

 

ベクターちゃん!きたれ!にっぽんへ!

映画館でみたいもの

最近ジュリーのニュースだね。

 

ジュリーおかんがすごい好きだった。おかんはもう亡くなっているのですが・・・

 

私が印象深かったのは、太陽を盗んだ男をたまたま90年代になっていたのに、レイトショーの映画館で見て、びっくりしたことだった。

 

すごい印象的な映画。

映画に詳しくない私なのに、気になった映画だった。

他の映画を見にいったはずなのに、こっちの方が気になってこっちの方だけ頭に残って見にいったお目当の映画がなんであったかこの歳になると思い出せない。

 

そして思い出してきたのだが、ああ、あの映画、原発のことだったなとおもいだした。

 

もう一度見たいなと思いながら、ずーっと時が流れている。

 


 

もう一個インパクトを自分の中で残したのは

てなもんやコネクション。

 

これもまたみたいなあ・・・

すごい。


これもこれみるつもりでなかったのに、見にいった映画もう一つの方のことは忘れた。こっちがきになってしまった。

 

もういっかいこれみたいなー

 

 

映画館の人がすごいなー。ふたつともおなじところでみたわ。

自分で選ばないものが、自分を揺さぶる!その人らのおかげや。ありがとー

 

 

おんがくの話を読みながら自分を掘る。


スタジオボイス 今アジアから生まれる音楽。
を読んでいて話が面白かったのは中国のカテゴリーの取材だった。

 

取材されてる人たちの言葉が、外国の音楽を踏襲しようとしていない気高さがすごくわたしのなかで響いた。

 

アジアの音楽にくくられたくない、ただの自分の音。そんなかんじ。ジャンルさえ。。。でも海外に褒められるために作ってもない。ととてもエゴ。

今の音楽の長い伝統や歴史、音楽の系譜の中でとても自由だから新しいものができる感じに受け止めているのもいいなと思いました。

 

どんな音楽を作ってる人か知らずにたくさん読んだけど、とても興味を持ちました。

 

 

関係ないのだけど、最初に読んだ台湾の人の寄稿している文に、師範大学の周りの文化シーンのはなしがでてきていたのだけど、おお、とおもって・・・

台湾に昔行った時、師範大学の近くに住んでいる友達の家にとめてもらっていた。

確かに友達の家のちかくのまわりの空気感を思い出して、ああだから、友達そこに住んでいたんだな。とおもった。

パキスタンを旅行中出会った、イタリアの人で奥さん台湾人。なるほど。
鼻が効いている人たちだからそんなところに住んでいたのかもしれないね。ちょうど97年とかそんなぐらいではないだろうか。そこに出向いたのって。

今は没交渉、元気かしらね。多分元気だと思います。

色々とその時の自分にとって刺激のあった風景が思い出されてきた。

 

Howie Leeさんのインタビューで、昔効いていた音楽でロック、ニルヴァーナとか聴いてたのはなしのところで、ゴミの音楽を聴いていたという話もおもしろくよんだ。

アメリカから輸入したプラスチックゴミの中に、穴のあいたCDとか切断されたカセットテープがあって、それを直して聴く。バラバラになってもつなぎ合わせば聴ける(エディットならず復元のはりはり!!!)ゴミはキロ単位で買えて安かった。

とのことで、それはびっくりしました。

それが何年頃なのかわからないのだけど、わたしが中国にいた頃は、外国の音楽のテープは、エアサプライが空気供給者と書いて売っていたり、アバとかそういうのはテープ屋さんで見かけていたけど、オルタナティブロックは棚で見なかった記憶・・・

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ピンクフロイドの漢字↑

そうねおじゃましていたころに中国で新白娘伝奇、はやっとったよ。私も楽しみに見ていました。(今調べていてそもそも台湾のテレビやったの知ったわ!すごいはやっとったよお。)

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曲めっちゃメタルっぽいな。

 

オルタナティブロックを見なかったように思ってるけど、テレビでMCハマーの子供向けアニメをしていてそれも楽しみに見てたわ。。。中国語に吹き替えられているので中国語勉強がてら見ていた。お化けのキャスパーのアニメも、たのしみにしていた。

だから近々の文化もそこにあった気がする。

 

そして中国の人は私より、日本のことを知っていたりした。

 

わたしがお腹を壊し点滴をしていた時、中国語が不自由でかわいそうだからと、日本語を勉強している男の子がきてくれて、お医者さんや看護婦さんに私の思いを繋いでくれたのだけど、点滴って長く時間がかかる。

だから色々お話をしてくれてる時に、歌が好きでのど自慢??的なのでよく優勝するといってて、よく日本の歌も歌います。とのことで、どんなうた?ときいたら

近藤真彦すきですよ。と言われた。

どの曲?ときいたら、 夕焼けの歌です。と言われ、へ?わたししらない。そんなうたあったかな?といったら、あなたにほんにすんでてしらないのですか!と言われてしまった。

 

ほんとにしらんくて、そのときは、はへ???となっていた。

 

では近藤真彦何知ってますか?ときかれ、ギンギラギンにさりげなくをうたってもつうじなかったものね。

それは本当に近藤真彦の曲ですか?と言われてしまった。

 

最近、男たちの挽歌Ⅲの主題歌の元々の曲がマッチだったのを知った。といっても日本では『アゲイン/明日への誓い』って映画のタイトル。

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原題:英雄本色III夕陽之歌, 英題:A Better Tomorrow III 監督はジョンウーじゃなくて、ツイハークだった。

アニタムイがかっこいい。

最近になり、近藤真彦との縁にきがつくぐらい、芸能情報とかに疎い。

からしらんかったのねー歌の原曲がマッチの歌だったとは。

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そのときおにいさんと英雄本色!ってはなしてたら、とかと、最近になり色々と解明されて、よかったねえ。(しっとったのかは知らんが。本土のおにいさんやから)

最近になって、ああ!あのアニタムイの歌のやつか!ときがついたので。

またあのお兄さんに会えたら、その話がしたいなあ。。。(会えんだろうなあ。)

 

だいぶスタジオボイスから離れていろんなことを思い出してきたのも、おばさんの脳活動にいい、、、

 

自分が気に入ってよくおとづれていたところを本拠地にして音楽をつくってるひとがいるのもそこから知ったので、興味深い。

 

 

音楽もいたい場所でつくるのも意味があるんだろうなあ。

入ってくる刺激のアウトプットだとしたら・・・

 

 

インタビューのお兄さんたちの音楽は脳みそをグイグイするような音楽だった。

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自分らしさがだせるのかどうか

自分らしさを出せるのかどうか。

自分が安心して出せる。緊張していない状態。

 

緊張と緩和。だいじなこと。緊張もこれまた然りの自然の反応だから緩みっぱなしもどないやねんやが、張りっぱなしもどないやねん。なのだ。

 

不安な思いというのは緊張した状態。

うちの子は人一倍その部分が目立つ。

他にこんなくらいの人って、であわないぐらい。

 

自閉っこは一般よりそういう感じが目立つとはいわれとるとはいえ、その自閉っこの中でもスーパーそれが目立つというか・・・

 

3年間通った、知的の子が通う市立の園、ずばぬけてそれで、先生も首かしげるかんじ。

似たような人が集まっているところに行ってもうちの子ほどの人はいない。

 

最近支援学級の集いみたいなのに行った時も数校あつまっているけど、そのなかで、集いに参加していないのはうちの子一人だけであった。

 

 

なんか、どこにいっても、ここまで不安心配が募る人を見ない気がする・・・

 

で小さい頃からの特徴で似ているのが、

一対一だと自分を出してくるらしいのです。(といっても相手の人によるんだろうけど)言語の先生や、馬のところのセラピストさんには、うちの子ちゃんはだいじょうぶ!対話できるしね。みたいにいってもらうのですが、いやいや。

 

 

集団の中にいると、しんどそう。

 

みんなとなんかするが 大変ハードルたかそう。

 

ゆるめてあげたい、ゆるめてあげたいその緊張を・・・

 

と思うのが日々です。

 

 

 

うちのタイプだと、小さい頃からこの緊張を緩めることを心がけてあげつつ、成長していくのと、緊張の手当てが雑な場合と変わるのだろうかー

 

 

緊張から活動をすることもあるので、多動とひとことでかたづけてしまうのもちょっとちがうようなきがするのだ。

それは私に取り考えるのをやめてしまうこと。考えるのをやめたら楽は楽なのだけど・・・

 

 

緊張=悪いことではなく、そのひとにとっては然りの反応で、ゆるめることから、じぶんの緊張をとけるようなきがする。

緊張を解く前に緩めないといけないから・・・

 

 

こどもそれぞれ。

雑な方がたくましく育つ子もいるかもだろうし、そうでない子もいるかもだろうし・・・

 

小さい頃は、自閉の子の特徴とかから手がかりに考えてたけど、最近はうちの子というのだけを観察して考えてくるようになった。
ただの、子育てあるあるかもやね。

私もかあさん7年生、変わりゆく風景。移ろいゆく風景。

 

遅れているとされてる子達でも、成長はそれぞれのスピード、キャラもそれぞれ、発達段階もすごくバラバラとしているし、いろんなことの掛け算・・・

 

やっぱりやっぱり


昨日の帰り道、訓練だったので私も一緒に歩いていた。

 

ら、うちの子にバイバイを言いにきてくれた交流クラスの子がいた。

 

ふーん・・・

 

そしてね、訓練は電車で行くので駅にて、先輩のおとこのこが、「お!(うちの子の名前)ばいばい!」といってきた。

その子もおでかけだったらしく券売機で切符を買っていた。

 

 

 

いる場所で少しずつ重なっていくものなんだね・・・

 

 

そんなことをおもった。

 

 

そこからは自分次第なんだけどね。

 

the possible เก๋า..เก๋า

きのうずっとあたまをまわっていた

 

あばにびあばいべーみたいなのは、カバーだったのね。

Izhar Cohen & Alphabeta - A-Ba-Ni-Bi 1978

 

とのことでした。

 

いろんなカバーぞろいの、the possible!
音が楽しいな。

 

サントラが聴きたくなってきた。。。

 

tee set の LINDA LINDA

 


Tina charles の GO

 

 グランドファンクレイルロードの bad time

 

印象に残ったのはこの曲たち。

 

ほかもあるのだろうけどー

いろんな音楽を知る機会になった。

 

なんだかおもしろい。。。

インポッシブル音がカッコい!