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sosonson

ID/ASDっ子 母が何を考えたか健忘録 思索は変わっていきます。

Autism

少し前に英語のわかる友達が、セサミにこれから自閉っ子が出てくるよって教えてくれた。

 

その後、日本語のニュースも気がついた。

 

 

シェリー・ウェスティン副社長は「すべての子供たちがより賢く、強く、優しく育つよう助けるのが私たちの使命。自閉症が理解され、社会に受け入れられるよう努力を続ける」と話した。 

 

ってありがたいことだ。いるのよだって世の中に。消えてなくなれっていうものではなく、命がある。
もちろん我々も、世の中の人と寄り添う努力をする。
でも世の中も我々に、いなくなれとか消えてしまえとかそうおもうことでない見方をしてもらえれば。。。とおもっています。わたしの願いっていうだけで強制などできませんが。

 

しかしそういう子がどんどん増えているこの現実。どうしてなんだろうか。

 

 

autism.sesamestreet.org

 

こんなサイトもできていた。

 

彼女が新しい仲間のジュリアさん。キャプチャさせてもらったわ。

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4月からは地域の学校に行きます。

みんなにはどんな子にうつるだろうか。
辛いこともあるかもしれないけど、いろんなひとたちがいます。何か自分たちの生きる力になることもあるかもしれない。

 

どんなことがあっても、日々を生きてくのだろうと思う。

 

いまもそんなかんじだしね。世の中の方々に助けてもらっていることがたくさん。

 

うちの家族が生きてることってすごく周りの人たちあってのことだなあって毎日ひしひしと思って生きています。

すごいことだ!と。

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絵のせかい

絵本あんまし興味ない人。うちの子。。。

 

絵本の絵から話を繋げれるって相当想像力の素晴らしい子だと思います。

だってその絵がそこまでの説明にはなってないなって思うものもあるもの。だからあとはその絵を見ながらどれだけ、作者のいいたいことをひろってそれを頭の中にイメージできるかなんだろう。

すごくない???それができる子っていうのはもうめちゃくちゃ褒めてあげて!!!

 

 

夫は絵本とかぜんぜんよまなかったぜ!
絵本の良さがわからん!だから教育者が絵本がいい絵本がいいって言ってもだからなんだぁ??っておもう。

と言ってます。

 

 

わたしは逆におもちゃはなくて、絵本を買ってもらうような家だった。
でも絵本が大好きだったのかは微妙。すきなものはすきだし、そうでないものはどうでもよかったそんなかんじです。

特にその情操教育が生きてない。と夫にいつもいうのだが、いやいやいやいや、誰かそれで実績が出てる子がいるからそういう話になってるんだから。あんたなんてマイノリティーなんだからさ。っていわれる。
まあ稀に、失敗する例もあるよっていっときます。
絵本を読ませようと躍起になるより、その子がしたいことから拾い集めるに限りますよ。あとで爆発します。
小さいときこれしたかったなあって。三つ子の魂は百までもなのでした。

 

 

 

さて、うちの子絵本にあまり情熱を感じない。

絵本の絵を見てもわからないだろうかもだし
話の内容も音の弁別がちゃんとできてないから音を拾うのだけでも結構しんどいのかもしれない。

 

でも自分の思うビジュアルと、内容がひっついたものだと、反応するのでした。

 

というのも、最近珍しく、絵本に情熱を持ちました。毎日持ってきています。もう。。。毎日持ってくるようになってから何日か経つなあ。

 

 

それは いちねんせいのがっこうたんけん という本でした。同じような子育てをする先輩友達が一年生になる息子にぜひと、お古をくださいました。

 

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リアルな絵でほんわかした絵で実際の場所の情報が満載。だから、いっぱい話も一緒にできます。

文章を追っかけてなくても。

おいてあるもの、廊下の掲示物、それぞれの部屋の棚、どこを見ても話すことがあります。見ているところを話してあげる。

 

おかしかったのは、 飼育小屋のにわとりをみて ひよこ といったことでした。にわとりとひよこが一緒にいる絵をいままでみてきて ひよこ って音は拾ってたんだなあっておもいました。 ひよこの おとうさん おかあさん は にわとり よ。 とはなしました。

 

本人がお気に入りなのは暗い部屋に入り、棚を開けると 骸骨と人体模型のある理科室です。そこばっかりのてんどん状態。

 

めくりながら がっこう がっこう と言ってるので、イメージとあうものの中でいろんな世界を広げていっています。

 

リアリティとファンシーさがいいかんじに相まっている絵本でした。

自閉っこにはいいかもしれない!

 

そもそも友達がこの絵本の作者さんが、特別支援教育に携わっていたり障害者のためのことを勉強した人だと教えてくれていました。

なるほどね。やっぱりわかってはるのだろうとおもいます。

 

 

絵カードとかもそうなのでした。こっちのイメージで作ったものがすぐには生きない。

イメージだけで、本人がピンとしてなかったらそのカードは2回目から意味を成します。2回目からは前回経験したあのことを言ってたカードね。っておもってるので、見通しを持つのにその絵から前回の経験を掘り起こしてあたりをつけておられます。

それはまあ失敗カード。だって本人の安心のために作ったけど初回は生きなかったかんじだからね。。。

 

最初にぴーん!と自分のイメージをしっかり持てるビジュアルのものってすごいとおもいます。

 

絵カードを作るにしてもそこだなあ。っておもいます。

本人のイメージを掘り起こさないと。Dig it!!!

 

 

 

 

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うま⑨一瞬一瞬

6.01

親からすると、ふぅーってなってしまう、うまのセラピーですが、どこをみているのか、セラピストさんと終わったあと会話すると、

 

いい感じですね!おもしろかったです!

 

と言われ、どこがおもしろいのでしょうか???きいたら、、、

 

  • 自分の興味のあるもの(砂の塊さがし、つぶすの感覚遊び)につい移行するけど、もどってくる
  • 自分の興味のあるものに行く前に道具を戻していた。片付けてからそこから逃避するっていうのは、片付けてからしなくちゃならないってわかっているから。もしそうじゃなかったら、ぽいっとその辺に放り投げて自分のしたいことをするだろうので。
  • 悪いことをする時に加減をしている。
  • わざと言われたことと違うことをする。それはわかっているからやる。そうしてほしくないということを知っていてする。
    それができるのならば、してほしいことはソチラに気がむけたらできるのだろう。とのこと。(ほう)
  • うまの気持ちに寄り添うのはできていないと母さんは思っているが、うまがビクッとした反応をしたらそれを見てちょっと力の加減をしていたりするそう。そういうことの小さい積み重ねから考察が生まれるはず。とのこと。(たしかに、そのときそれはそうしてました。そこには私は目がいかないものです。そういう一瞬一瞬をみるのでなく、平均値をとってみると、まるでできてなかった印象だけが強まっていくのです)
  • 一瞬一瞬、うまのことを考えてる節がある。
  • 指示されることに対してのプレッシャーというものがきっとある。
    それを待ってあげてもいいんじゃないか。やってみようという時を待つ。
  • まだまだうまのことがわかってはいないけど、ある時それが色濃く、わかって呼吸があっていく瞬間がある。そのときまではゆっくり、たのしみに。
  • 帽子はまだダメやねえ〜(ヘルメット拒否だから帽子でやるのですが、帽子もまだふざけてるらしく、かぶってもとってしまいます。でも先生は、かぶらなきゃうまを引いてくれないので、進みません。だから、かぶったら進むのでかぶるのでした)

 

とのことでした。

 

うちのひとにはなしたら、詐欺師みたいだね〜とわらってました。
そんなこと言われたら励みになって続けちゃうやん!はははって。
やめさせない名人みたいやん!って。

 

いいかんじですね!詐欺。

ふふふ、、、

 

はたから見ていたら何がどうポジティブになるのかっていうぐらいの惨状のような状況ですが、セラピストさんたちはひとつひとつの行動。
たとえできていなくても力の調節はしたのか。
鑑みるような行動はできたのか。
そんなところをすっごい見張っているのが面白かった。

 

一瞬一瞬っていうキーワードが7回目ぐらいから頻繁に聞かれます。そこを話す時にすごく力が入っていて面白い。 

 

冬毛がすごいぬけるのだが、引っ張って抜くので、痛いかもしれないしやめてほしいとおもうとはなしたら、、、

あれはもう抜ける毛なので、ちょっと引いたら抜けるんです。
痛かったら嫌がりますし、その時のうまの反応に気がつくと思います。

でもうまだからさせてくれてると思います。他の動物ならば怒るかもしれないね。というはなしでした。

 

禿げちゃうよ!!!って感じるぐらい抜けました。

 

まあうまの冬毛に指を引っ掛けて抜いているのもまたこれ感覚刺激をしているのだろうけども・・・

 

なんともかんとも。。。

それするならブラシかけて抜いてあげたらいいやんか。やれやれ。

 

うまくんは、正直楽しそうに見えないことが多い。もーぅ ふぅ、ってかんじです。たまに、セラピストさんに、なんとかしてようぅ。あの子ったら。っていいながら、見ているかんじがします。


うちの子がのるとき、そのセラピストさんが引き馬をしてくれて乗るのだけど、そのセラピストさんが引いてくれるから乗れて、それゆえ乗馬の効果もあるわけで・・・
セラピストさんとうまの関係にあやかってるかんじです。

 

 

一番やって欲しいのは引き馬!!!やってくれー!のに最近はしょろうとしているぜ!おいおい!やっぱりうまをモノ的なかんじなんじゃないのかい兄さん???

わたしが一番したいのも引き馬。

 

 

まだまだ、私の思っている、 うま という存在について 息子ドンが、感じ考えるのは先だなあ。
一瞬一瞬がだんだん長い時間になっていくのが・・・夢だなあ。

 

先生たちは一瞬一瞬は感じてるぞ!と考察してはる。わたしもその視点をもてれたらいいなあ。

 

うまにお世話になります。

 

 

と思ってすごしていたら・・・

 

今朝、トイレに行ったあとてを洗いに行ったけど。。。
だまってしれっとかえってきて、
とうさんに 本当に洗ったのかねえっていわれていました。

 

あとで洗面所に行くと、なぜかバスタオルが洗濯するものを入れるカゴに入っていました。あれ?なんでかな。と思ったら、洗面所にわたしがタオルをかけ忘れていました。

ちかくにあったバスタオルを取ったようです。

 

手を洗ったから、タオルで拭きたかった。なかったからバスタオルを使った。つかってしまったから、洗濯するもののカゴに入れた。

 

そうかそうか。

しゃべれたら タオルないよーっていいにくるのかもしれない。

タオルで拭くとわかっているし、使ったタオルは洗濯する中に入れるも知っているんだね。えらいな。とおもった。つかったまんま置きっぱなしってこともなかったからね。

 

タオルないよーだしてー
って言いに来てほしいお母さんたちからすると、わかってないなあ。ってなるんだろうけども。でも、分別ももっているんだね。そこをみたらいいね。

 

そんなことなら日常にたくさんあるのかもしれない。そんなことから繋げていくほうが楽しいのかもね。

セラピストさんたちから色々教わるなあ。

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日々QUEST2

6.01

おとついの、探検。

海から家まで歩いて帰る。を途中疲れてしまって断念し、断念した地点のちかくの駅から電車に乗りました。

これに続きが起こりました。

きのう、その近くの駅で下車して、断念した地点から歩いて家に帰りました。

 

ひえーぃびっくり!

 

 

きのう、いつものように海で砂をつかい、0歳の遊びを繰り広げておりました。砂場研究家さんの文章からまたもや引用。

0才児は感覚的なあそびが中心で、砂に触る、座る、立つ、登るなど、砂との接触を通して環境と自分の体の関わりを学びます。

じぶんと世界をひっつける作業とでも申しましょうか〜。

 

他は毎回石投げですね。これは固有感覚とかに入れたいのかな?とおもってたのですが、言語の先生にその辺の話をした時はそうとは限らないかな。といわれましたような・・・

とりあえず、好きに理由なし! まあ、なげたいねんな〜
母ちゃん分析好きだから〜

石投げと書いたらあっさりした言葉ですが、内容としては・・・その投げ方とか、思いとか、やり方、とかかわっていきますので、、、まあこれもまた賢さへの小さな一歩だと思ってます。信じてますそれを。ファンタジー育児。

 

その他は、小さな岩をボルタリング的なの。だんだんうまくなってきてます。がむしゃらにやってるときもあるけど、まあ考えながらやってるようなところも見えますのでいい遊びだと思います。
そこからジャンプして飛び降りる。岩自体小さいし、下は砂地だから大丈夫。クラッシュパッドいらずで便利なの。
小さい岩だから大人は面白くない岩だけど、子供は尺が小さいから十分ボルタリング的な感じです。次から名前つけようかな岩に。

 

プラスきのうは、わたしが波!と言いながら描いた線を じっとみて へび!へび!といって、手で消しても、また、へびを描いて!とお願いされました。

この波の線の上をカズダンスみたいに辿って歩いてたのが面白かった。ああこのラインがあればカズダンスできるのではないだろうか。と思ったぐらい。

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その他、点々をたくさん指を立てて一緒に作ったり、砂というカンバスであそぶあそびがじっくりと楽しまれました。

 

このあいだ、この海辺での毎日の感覚遊びに付き合うのがむっちゃしんどい。と言語の先生にこぼしたら、KEEP GOIN!って応援されました。

 

また、その時にただそこについているのではなくって、声かけ!おかあさん!と言語聴覚士の先生としてきがつくことは、これは、すっごい貴重な時間で、言葉を教えるチャンスだよ!ということでした。
意識しよう!そう思いました。先生話ありがとう。

 

相変わらず海はイチャイチャしてるカップルがいます。だんだん自然の中にいると自然に大胆になるんだろうか・・・

息子は全然じぶんの遊びにフォーカスしてるから、スルーしてるけど、おばさんはきになってしまい、おいおい、ここ家ちゃうけどなーって思ってるのが本音。

 

さてその後、おやつは、ファミレスに行く約束をしておりました。チョコケーキとドリンクバーに行きたいと連日リクエストだったのですが、おことわりしてまして・・・

で、おとつい、今週も頑張ったし、明日ならば。。。金曜日の特別だからということで約束しました。小指と小指をぎゅっと結んでちゃんと約束したのでした。

 

けーち。じゅーす・・・と呟くけれども、また砂の感触に埋没したり、はっとおもいだすのか、けーち・・・といってそちら方向に移動始めるけどまた、砂の感触に埋没したり。の繰り返し。

多動といわれたらそうなんだけどね。まあそんな私生活では問題ではないので・・・

 

ももうやりつくしたなっておもったのかな。

一直線にお店に向かいだしました。砂から離れたら、今度健康器具のある公園でちょっと寄り道。でもまた

けーち・・・といって、軌道修正。

 

ついたら、園のお友達がグラタンパアリィしてました。

ジョインして楽しく過ごしました。
おもしろかったのは、まずケーキを食べたけど、そこで満足したら、ご飯もそこで食べることにしたらしく、お子様ランチみたいなのを頼んでました。
ふだんつかわないふりかけを さらさらぱっぱっ といいながら使う旨をおしえてくれ、封をきってあげたら ぱっぱっ といいながらかけておりました。

 

友達の前だからカッコつけたのかな??

でもずっと皿の端に飛び散ったふりかけを指ツンツンしてたべてたからね〜
そんな時もあるんだね。おもしろい。体が求めてた塩分だったのかしら。ずいぶんとあじわってたわ。

 

母の友が それぞれのことをだあれ?ってきいたとき、へたなはつおんだったけど友達の名前、きょうだいのなまえ、ママ と答えたのがびっくりした。
だあれは わからない言葉だとおもわれるのだけど、聞き方とかがいい感じだった。指差して聞いてくれたからかな、ゆっくり言ってくれたからかな?だからわかったかな。

 

お子様ランチのゼリーやお菓子を食べないので、子供達が欲しいということで彼自身がちゃんとあげれたときにお礼を言われて どういたまして って言ったのもおもしろい。ほうほう。

 

母もビールのんで、母の友もワイン飲んで、それぞれ宴会。
友達は酔拳ざる子。酔拳みたくなるのはそんなにかからないけどそこからずっと延々と飲める。。。潰れませんひと。
まだまだ飲めるだろうけど、うちの子がごっそうさまでした!となったので宴会は終わりました。

 

帰り、なんでみんなもいっしょなの?と怪訝な顔。バイバイバイバイと、違う方向に行こうとしてたけどみんなで行き始める。

はじまりはそんな不穏なかんじだったけど。。。

園のお友達のきょうだいが、あるきながら、袖に手を引っ込めて手がなくなったーといってあそんでくれるのがツボすぎて、テンションガンガン上がっていく。

 

そうなの。いまもだいすき いないいないばあ みたいなあそび。
みえない。みえた!みたいなのが好き。幼いからなのか、そういう視覚の刺激がすきだからなのかわからないけど・・・分析母さん分析したがる、
が、まあええ!とにかくそういう遊びがたのしくってだいすき。

 

自分の楽しいことをしてくれるひとは大好き。

 

テンションが上がりすぎて、反対から来たお姉さんに手をギュン!ってだした。これはもう気分がいいときにやるのだけど、ダメなことだから困ってます。

お姉さんわらってくれてたけど・・・やれやれ。

 

そして友達たちと別れ電車に乗りました。

途中ソワソワしだしたのでトイレかなと思って、駅が来たらおりました。ちょうど、おとつい歩いてて断念し、電車に乗ったときの駅と同じ駅でした。

 

トイレを済ましたら、改札を出るといいます。

オーノー!そのまま電車に乗っておけば楽なのになあ・・・と思いました。

 

が、ついていくと、本人おとつい通った道をたどって駅の下の道路にもどっていきます。

 

もしや。。。おとついの続きするのか??

結局そうでした。そこから家までずっと歩きました。

 

 

途中青いLEDライトで光る家とかでその光に埋没したり、ガラスの瓶が粉々に割れて歩道に飛び散っていたのだけど、日が暮れていて車のサーチライトで反射する視覚の世界に埋没していて道を歩くことが止まっていた時間もありました。

が、おうちかえろ。というとまた軌道修正して歩くことに戻りました。

 

 

これでこのクエストはコンプリートしましたね。
本人疲れたみたいでした。そりゃそうだ。

 

つぎもやりたがるのか

つぎはもうわかったので電車でいいやってなるのか どっちかなあ。

 

ほんと疲れるのよ付き合うのね。でもまあ、ええかあ。これが彼の勉強のやり方と思おう。知ることを深めるやり方と。

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日々QUEST

6.01

日々引き馬。息子と手をつなぎ歩きます。

時には私の行きたいように、時には彼の行きたいように。彼はどこに行きたいとかはっきり言葉では伝えれないです。とっさに言葉が出ないです。

でも体が動いていきます。こうしたいなあというふうに。

 

それに合わせていきます。

 

 

最近は少し賢くなったので4時だから帰ろう。とか もちょっとは気に留めてくれるようになりました。

 

でもそのあとで目の中にもっと興味のあるものが入ってきたら、その約束みたいなのはもうフッ飛んでしまうけど。

 

 

 

彼がしているのは探求です。

知的ではないかもだし、知性も一見かんじられないのかもしれませんが、後々に知性につながっていくのかもしれないなと思って見守っています。

 

今日見たポスターの、感覚過敏と運動障害って項目がズバリうちの子にはぴたんこです。

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その他 感覚過敏・運動障害

例 五感が非常に鋭敏(えいびん)で、甲高い音や機会音が苦手で、耳を塞いで固まってしまったり、匂いや味覚が過敏で偏食になったりすることがあります。手先が不器用でお箸がうまく使えなかったり、服のボタンが止められなかったりします。歩き方もぎこちなかったり、スキップなどが苦手です。

 

ほんと。だからなかなかいろんなことが自分の中に取り込めないのだと思います。発達するのにスムーズにいかない。

 

さて、だからいまかれは日々QUESTをして、自分の中に取り込んで行ってるのかなと思います。

ボールや感覚遊びをしていたり、道の探索をしていたり。。。

冒険をしてるのかな?とおもっています。そのことは彼の貯金になっていってるのかなと。

 

きのうは、ボール遊び、砂遊び、終わったあと、家に帰るのかと思いきや、普段歩かない道を歩き出しました。

通園は、最寄りに迎えがこないので、電車に乗って,園のバスが迎えに来てもらえる場所まで移動しているので、帰りも電車に乗って家に帰っているのだけど、その線路沿いを歩き出しました。

たぶん彼と私の足だと20分ぐらいは歩くかなとおもいます。

いつもは電車の中から見えてる道を歩くことを始めたのでした。

 

ああー4時半に遊びは終わったけども、これはいつ着くかなあっていう様相になってきました。

でも色々考え、景色を見て行動してるように見えるので、させてみました。

 

うちに帰る駅まではJRはひと駅。でも私鉄は間に2つ駅があります。

 

へこたれたら、私鉄に誘ってみたらいいか。と思ったのもありました。私鉄がなかったら断ったかもなあ。その私鉄、私は好きです。景色も好きだけども、ちょっと緩やかな風情が。ゆるっとしたかんじは、大事です。

 

  

さてさて、どんどん 「こっち」 と言いながら歩いて行きます。

 

でも だんだん 疲れてきました。

 

ままー おぶー おぶー  といいます。おんぶかあ。

 

息子ちゃん?あそこ駅だけど でんしゃ のる? ときいたら

 

でんしゃ のる  といいます。そして急に勢いを持って目的を持って歩き出しました。すごいな。

 

あっという間に駅に着きました。

 

 

やったー!

 

しかし電車がすぐになく、通過したり反対のホームには来たりで、 こっち こっち!

と電車を呼んでおりました。わらうわ。

 

電車に乗ったあと、おぶー ばすー たくしー とか言ってましたが。おいおい。

 

なんとか歩いて帰ってもらいました。

 

ら、着く直前に、 ママ〜 とハグを求めてきました。はいはい。いっぱいあるいたね。がんばったねーついたねーというと

 

ついたー とぎゅーっとしてくれました。その様子を見ていた部活帰りの中学生の女の子が微笑んで見守ってくれていたのが、すごく幸せでした。

 

 

いえについて、靴を脱いだあと やったー!ついたー! と口から自然に言葉が出てたのも面白かったです。

 

靴下を脱いで、たくさん裸足で歩いた足も洗ってきもちよさそうでした。

 

 

今日の海の遊びも、先日砂場研究家のひとの文章を読んだ時の、

 

0才児は感覚的なあそびが中心で、砂に触る、座る、立つ、登るなど、砂との接触を通して環境と自分の体の関わりを学びます。

 

この感性でしたよ〜。
でもまあうちの子はこれでいいのかなとおもいます。これでいいのだ!

 

この日々QUESTですが、まあ園に行き始めた3年前よりは精度が上がってるような気がします。

遊びもやり取りができなくて困ってた頃よりは、だいぶできるようになりました。

しかし親が結構合わせることがおおいので、今みんなと遊びたい時に、自分の思い通りだけにならないことの経験が少なすぎて、それなりの様子です。

でもそれはやっぱりだんだん段階を経てるとも言えるかもしれません。今からそこを勉強する時がきた。

これまでも大したことではないけど、彼は、自分でブレイクスルーしてきたと思われます。私が褒められることがあるとすれば、その機会をつくって、その環境を整えようとトライした。かもしれません。

これからはもっとそれが厳しくなると思われます。年も上がってきたから。

でもやっぱりこれを頑張らないとなあとおもいます。

 

本人はもう頑張ってるといえば頑張ってるので・・・

 

世の中でいるために、守って欲しいルールもあります。社会の中で頑張るものして欲しい。

でも、みんなと同じ感性になろうと無理しなくっていいですよ。
ある程度はじぶんをやるんです。あるがままで。
どこかそんな場所、安心するところ、があればいいな。外では頑張ってもそこではじぶんであれるような。

 

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砂場研究家

おかあさんのおもい

来る日も来る日も砂遊び。

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海岸は大きな砂場だ。

とはいっても、砂運んで来てるけどね。川に手が入っている我がシティ。川自体が砂を作るような構造にないのだろう。どっかからはこんでくる。

 

ありがたいですね。むっちゃ遊んでますよ。感覚遊びですがねえ。

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1時間2時間すぐすぎる。色々と考えて遊びが変化している形跡もあります・・・まだ何かを作るとまではいかない気がします。

とかいってんと、たまに道具も持って行ってあげんとな。ね。ほんまに。

機会を与えるべきやなあ。。。

 

 

でも好きな砂があるようだ。

一番好きなのは・・・馬場の砂。

ホースセラピー中こうなってしまう。うまのリードを離しちゃうと、馬もうちの子の言うことを聞かなくていい状態になってしまうのでなあ。。。

これなあ。今は静観してもらっている。

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まってるうまさん。リードはセラピストさんの手に。

 

 

お母さんが馬に興味津々なので、近郊のホースパークに行ってきた。ホーストレックはどんなんだろうと思ったけども、予約でいっぱいなのでできなかった。そらそうやね。

 

 

で息子は障害物のグラウンド脇の砂と戯れるのに忙しそうだった。

 

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うまのいるところの砂はなんであんなにふかふかなのか。その上に手で集めてギュッと握ると塊ができてそれを上から落とすとファッと解体されていく。

 

それがどうもツボらしい。

 

 

そんな息子の感性にきがついてくれた園のお母さんが・・・

 

うちの息子がトランポリンの下にもぐってそこの砂で遊ぶのが好きそうなので、その下の砂を触ってみたらそこだけフアフアさらさら粒子がちがうのにきがついてわたしにしらせてくれた。

 

そそそそうなの!!!

そこはね、トランポリンの生地を通過して落ちた砂が溜まっているので、振るわれた感じでそれがフアフアなのです。

 

 

好きに理由なし

嫌いに理由あり

 

とそのお母さん。

 

変な遊びと据えなかったのね。うれしかった。

 

 

来る日も来る日も砂あそびーといっていたら、砂場研究家がいると教えてくれた、おともだちお母さん。

どんなひと?と検索すると出てきたボーネルンドのサイト。

 

引用させてもらうと、うちの子の遊びはまだこの辺りに近い感じで、ちょっと先の段階にも越境してもいるけど、感覚的なところが強いです。

 

0才児は感覚的なあそびが中心で、砂に触る、座る、立つ、登るなど、砂との接触を通して環境と自分の体の関わりを学びます。

 

なるほどとよみました。もっとなるほどとおもったのはね。

 

とはいえ、砂場がすべてではありません。工夫すれば、あそびは日常生活のなかにいくらでもあるものです。たとえば、空のペットボトル1本でも叩いたり転がしたり、指を突っ込んだり、笛のように吹いてみたり・・・。紙1枚だって、折る、破る、包む。絵だって描けます。
 市販の遊具は、「これはこう遊ぶ」というように、あそび方や目的が決まっているものがほとんど。だから、「ものがないと遊べない」と考えてしまいがちです。でも、「これを使ったら、どんなあそびができるだろう」と考えてみれば、何でもあそび道具になります。
 たとえばボール1個転がすだけだって、幼児にとってはあそびのきっかけになります。ときどきボールを弾ませたりすると、反応も変わる。その反応を見て楽しみ、子どもを観察する。親は、「子どもと」遊ぶのではなく、「子どもで」遊ぶ、くらいの気持ちでもいいと思うんです。 

 

もっともっと素晴らしいなと思ったのはね。

それにしても、「今どきの若い親は…」と言われがちな、最近のお父さん、お母さんたちは大変だなと思います。「ちゃんと子育てしよう」「一緒に遊んであげなくちゃ」などのプレッシャーや、「3才なのにおしめがとれない」といった悩みをいっぱい抱えています。昔は地域社会で子どもを見守る意識や環境がありましたが、今はすべてが親、とくにお母さんにのしかかっているからでしょう。
 でも、「そんなに思いつめないで」と言ってあげたい。僕の娘たちもそうですが、将来への経済的な不安がぬぐえない今、子どもを産み育てようと思うこと自体、本当にありがたいことだと僕は思います。
 だからこそ、親同士で助け合ったり、子育て経験のある年配者が若い人をサポートする体制をつくらなければと思います。たとえば、昔のあそび環境にはかならずベテランの人がいて、子どもが遊ぶのを見守ったり一緒に遊んだりしながら、子育ての相談までできました。そういう体制の再構築を考えることも必要でしょう。 

 

ほんとそうおもう。
もっと自由にあればいいと思うしひとを頼ればいいと思う。一人で悲しくなるようなことがないようなそんな風潮があればいいと思うなあ。

 

というわけで、笠間せんせいを教えてくれたお母さんありがとう、元気が出ます。
こんなひとがいてたくさん風を吹かしてくれたり隙間を作ってくれたら、結構世の中幸せでないかなと思います。

 

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テレパシーのようなこと

6.01

テレパシーのようなことが起こることがある。

 

よくうちの子のような子を育ててるお母さんたちと話すと、

 

子供たちが実はわかってるとおもう。というようなできことがある。
のだが、なかなか信じてもらえないのだ。ということがある。

 

 

専門家や、保育の先生たちの中にこういう意見の人は多いように感じる。彼ら曰く、、、

 

それはたまたま前後の行動などでそれを感じてるだけでこの子たちに言葉で理解している気配はありませんよ・・・

 

そうかな?

わかってるような感じのときもあるよ。と、何度かこの意見きくたび、腑に落ちない私でした。全部が全部そうじゃなくない?と。

 

 

たしかに、うちの子達は 親の口調やら、仕種やら、ちょっとした表情の変化やらをよみとっているような、ノンバーバルのかんじでの気づきがある可能性があり、そのへんについては誰もしれないので、その視点も当たってはいると思います。

 

 

ホースセラピーにいっておもしろいのはそのあたりです。

馬もそのようなところがあるので、お互い言葉なしにもしかしたら心を通わせるようなところを持てるかもしれません。

ああファンタジーですが。

 

 

さて、先日、初年度のクラスのお母さんたちとお昼ご飯をして、皆さんの成長ぶりにすごいやっぱり正直羨ましかったです。

 

うちはいつまで原始人的感覚遊びが続くんだろうと・・・

 

 

ことばがでた

字を書いている

ピアノが弾けるようになった

 

 

などなどきくと、毎日のように砂遊びを没頭し、帰りは海ではっちゃける息子の子育てこれでいいのだろうかとぐらつきます。

このままだと原始人だねえってさ。

 

ホースセラピーに行くようになって以来、おもってきたことは貫こうときめたはずなのに。

 

この感覚遊びがきっと彼の土台になるだろう。この感性で社会にいるのをやろう。

 

と、おもったのになあ。

 

やっぱりふつうがうらやましいんだね。それ本音。

そして羨ましかったけどふつうに、小さいときから知ってるから私が彼らの成長を喜べたのは私も変わった成長した偉かったなと思った。

ジェらってもなあ。。。ってちょっと達観ぽくなれるようになった!
もちろん、羨ましいから落ち込むもまだある。その反面、息子をそれで攻めてもなあって思っているのも偉いなあ。

 

そんなふうにちょっと勝手に消耗したあと、
園のよみものをもらって、園の子たちがみんなキラキラと成長している親御さんたちの手記を読んだ。

 

 

できることになったことの話がつらつらと書いてあった。

あの子もこの子もすごいなあこんなに成長しているんだ!!!!えー取り残されていってる気持ちだなあ。と思う。ネガっとした感慨。

 

 

私も提出したけども、まあ書くことがそんなないからなあ。ってかんじだった。

ぜんぜんなにもかわらなったわけではないけど。。。
わざわざひとに伝えることがないぐらいの、ちいさなちいさな大事な成長だった。些細な瑣末なこと。

 

ひょええーと圧倒されてしまった。

 

やっぱりふつうぽいのがうらやましいんだね。それは隠せないなあ。無理にテンションも上げれないなあ。

 

その読み物を読んでいたその日の夜。

 

急に息子さん

 

ぴかっぱのなぞりんましーんをとりだしてやりはじめた。

 

えええ???お母さんの邪念が出てたのだろうか〜
こういうことしてくれたらいいのになあ。。。ってことをする、そんな事件が起こる。
テレパシーあるの???みたいなことが起こった。

 

 

 

しかしもう年単位でさわっていないので、つかってもいないのに、ペンのインクさえ出なくなっていた。

切ない〜他のペンをさしだす。これで代用してねえって。

その初日。

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へにゃへにゃですがかいてました。

 

次の日もするという。

あれれ。握り方も変、書き順も無茶苦茶だけど、動作が緻密だった。

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細かいくるりをやったりするのだった。へたくそだよまだまだだよ。でも今まで見ない動作をしたのだった。

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簡単な止める感じのやつ。

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するする滑るペンと表面なのにしっかり止めて書いていた。始点終点をとめる力が、わりとしっかりあり、強かった。

 

ああ、やっぱりあの原始人遊びから拡げていくしかないんだなとおもった。

その原始人遊びがふつうの人や、同じような障害のあるこの中でも伸びていく子は短期間で卒業していくかんじがする。

 

でもうちのこはそうなんだなあ。っておもうしかないなあ。わたしが急いで焦っていて丁寧にそこができないまま前に進むなんてありえん。

そこをやるうちに物分かりが育つかもしれん。

感覚遊びをみまもるしかやっぱりないなあ。

 

と思った。

答えはないけどね〜

 

最近の感覚遊びはまつぼっくりのあしらえです。まつぼっくりを高台から私が投げて落とす。そのとき、大きいほうか、小さいほうか、選んでもらったり、何個ほしいかみせながらきいたりします。それをキャッチする。キャッチできたり、失敗したりします。そしてそれを植木にあしらう。力加減、あしらえる位置を慎重に選びます。ひっかからないところもあるから。

 

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変わった遊びだが。。。へへへ。

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結構考えて遊んでると思う。これはたぶん、のちに物事を考える力と信じている。

ふんふん。

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みんなといっしょだとおもっているらしい

6.01

うちの子はまあ変わってる。

 

親からして目立つのは、概ねの他の子たちのように分別をわきまえていたりはしない。
まあ聞き分けのない子です。

あとは、、、
喋らない。
自分を表現する方法が乏しいです。

描けない。
書けない。
まだまだ、自分の中にたくさんの事柄が溜まって行く途中です。発信するのにこのような方法や言葉を巧みに使うのはいつのことだろう。そうならないかもしれません。

 

同じように人とやりたいと思うこともなくはないけども、圧倒的に自分路線です。


道具を使って遊ばなくはないけども、、、でもなんというかもっと原始的な遊びです。砂でも、絵の具でも、ミニカーでも。。。感覚遊びをまだまだしたおしております。0歳1歳2歳あかちゃんみたい。
勉強できそうな気配はいまはないけど、この感覚遊びが勉強につながるのだろうと思っています。みんなと同じところまで伸びないかもだけど、少しずつ少しずつじぶんで獲得していく感じです。それが彼かなとおもいます。

その様子は、ちょっと異質かもしれないけど、わたしにとってはなんか彼は幸せなのかもしれないなと思うところです。充実しているように見えます。

 

 

好きに理由なし、嫌いに理由あり。嫌いなこととか、未知数のことに対しての拒絶や、トライしない感じは頑固です。

 

嫌いなこと・・・

特に目立つのは、子供の泣き声に対しての不安というか心配というか苦手感。
流すことができません。自分にグッと入ってしまう情報のようです。

 

 

でもうちのこ、周りの子と一緒だとおもってるようなかんじがします。

親からすると 一緒のところはある。けどちがうところはかなり目立ちます。

 

 

帰ってきて近所の子たちが遊んでいたら混ざろうとします。

たのしそう!やってみたい!

ルールがわからないので一緒になかなか遊べない。
でもなかには、ルールを変更してちょっとだけ相手してくれる子もいます。
全然入れてくれない子もいますが、そのグループの中でちょっと気にしてくれてる子もいます。そういうのが面白いなと思います。

みんなもしたいことがあるし、
お互いをやればいいのかなと思うし、あるがままの状態でいいのかなと思います。

入れてくれる子はありがたいしうれしい。優しい子も嬉しい。でもやっぱりみんながそうなればいいとまではなりません。

 

 

いまは、息子は、ぼくはみんなとおなじ。とおもってるので。こちらで現時点は

ちがうちがう

といわなくてもいいのかと思っています。

いろんな経験を過ごしていくうちに、みんなと一緒の枠組みだとしんどいなあってじぶんで思ってくるかもしれません。でも、それでいいのだよ。

 

じぶんはみんなと違うけど、そのじぶんで生きていくのを模索するしかしょうがないのかな。と思う母さんです。

 

 

とはいっても。。。

ちがうなーって思ってるお母さんなのでついつい、そんなマインドをわすれることがあります。

 

 

教科書をどうするかの件で、小学校の先生から、使う教科書を特別支援の子のものと、通常のものどちらか選べれる。もし両方欲しいなら実費で片方をそろえればいい。
どうしますか???と聞かれました。

 

ほうほう。

 

どうせ使わないしお金もったえないし家狭いしなあ。使う方だけでいいと思うから、特別支援のものだけでいいや。というノリでした。それすらつかうのか?このひと?って思っているので。

 

入学式のときに机の上においてあります。それが。みんなと違うものが積んであるけどいいですか?ときかれました。

 

どうせみんなとちがってるし、ちがっててもいいじゃんをやるからいいんじゃない?みんなと同じ教科書がつんでなくても。というノリでした。

 

帰って主人と相談します。と言って帰ってきましたが・・・

 

 

主人。

 

息子ちゃんは ちがう おなじ いっしょー って言葉が出てるでしょ。
あと近所の子たちの遊びの中に入ろうとしてるでしょ。
みんなとおなじだと思ってるんだから、1年生だしみんなと同じ教科書を揃えてあげたらいいんじゃない?おかねがかかっても。たとえつかわなくても。両方あればいいのじゃないかな。

僕らも息子ちゃんが本当は何を思ってるのかわからないわけだしね。

 

 

 

はっ!!!!

 

 

 

そうだった。そうだった。

なんとまあ無頓着なじぶんだったことだ。
尊重をしていなかったことよ・・・

 

彼がみんなとじぶんはそう変わらない。と思っている限り、いくら迷惑をかける子であっても、お願いしますとまずは、地域の学校にいることにしようと決めたのだった。

 

いろんなハプニングが親にも彼にも世の中を教えてくれるだろう。

 

 

 

校長先生がいうのは毎回同じ。

困る子というより、彼がいることでみんなが世の中を学べる状況。うちの子も世の中を学べる状況。全部一緒にならなくてもいい。できることをするだけでもいい。うちの子が考えたり感じたりする場。

どのこもそうなのだ。

 

 

だから、まあくるがよい。とさっきもお話ししたら同じ話。で、帰ってきた。毎回同じ話をさせるなよ私も。

 

 

さて。さて。もうすぐ園が終わってしまうね。寂しいことですが、新しい場所は待っていてくれております。

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うみであそぶ

6.01

いえにいたら

ロボだの、マリオをユーチューブでみるなど、どうも遊びがそういう刺激になってしまう。

ロボはまだいい。作業療法みたいなところがあるので。。。

 

マリオもね、マリオで言葉も覚えたからいいと言えばいいのだけど・・・

マリオは、どーもその刺激が強すぎてしまって、埋没したら呼び戻すのが大変なのです。

マリオの世界すごく、よーおできてるのですが。。。
自分でマネージ出来ないタイプだとなかなか・・・ええとこどりがでけません。

 

 

帰りの遊び、やっぱり外で遊んだほうがいいな。

 

しかし子供と交わるタイプではないので。。。

一人で自然と戯れているのだが・・・そこはねえ難しい。無理にセットしたところでうまくはいかないからねえ。

機会は作り環境は作り、あとは無理強いせずにここぞというところに目を光らせていくしかない。ファシリテーターは修行だ。

 

 

きのうはずーっとひとりで

すな

うみ

なみ

いわ

使って遊びが変わっていきました。たくさん考えてる節もあったので良いです。

孤独な遊びだけども不幸せには見えない。

 

昨日面白かったのは。。。

 

なにしてるのかな???

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ほうほう。

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全体図。

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なんのためかというと・・・

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投げるための仕組みでした。。。

 

あとは棒切れを投げて海に入れてしまったらとりたいけど取れない。。。

近くに来たと思ったら波で、遠ざかる。

でも待っているうちに、棒の向きが回転して変わっていって、波と棒が平行な状態になったら、波に乗れて岸にうちあがってくる一瞬に棒が手に取れる。それをまって棒をとる。ってのをしてました。

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その様子は撮りたかったー。海に行かないか見張ってたので、撮影する余裕がなかったので、私が見ただけの世界。

 

それと石がいっぱいのところはとびおりない。砂のところは飛び降りる。飛び降りる仕方も砂利多めならそっと。砂多めならおもいっきり。
状況を判断してちょっと緩急もあるのは考えがあるからですよね。
調整をしてるのだからね。いずれ何かを学習できる要素はあります。
遊びは原始的ですが。

 

見たもの見たものに興味が行くんだけどね・・・
だからってそれを取り上げたら勉強の機会が減る気がして・・・ 

 

自然で遊びながらじぶんの思索を深めているのを見るとすごく素晴らしいのでした。そこはやってあげたいなあ。でもなあ。じぶん一人の遊びなんだ・・・

 

こういうところで親は悩みます。

尊重することによって、欠落することはあるのかもしれない。
その機会をうばうことによって、本人は自分で勝ち取る幸せを逃すかもしれない。答えがないのでわかりません。

 

外で自由に遊ぶ様子をみていると、変わってはいるけども、とても充実してるように見えます。

 

でも自然物が大好きというより、そこにあるもんであそんだらそうなった。

ってかんじで、遊び人ですよね。遊び方も普通のことはちょっと違うし。砂浴びみたいに体に砂かけたりしてるのを見ると、その感触を味わってるんだと思うけど、ちょっともう、原始的すぎてわらってしまいます。価値観の違いね。

 

バカにしようとは思わないけど。他人に変に思われちゃうとかそういう心配を、親はしてしまいます。でもそこは、そういう子を応援したいものですな・・・

意外に同じことをやってみたら楽しいものもあるので。。。埋まる僕ちゃん。

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ただし、指示待ち人ではないので・・・指示きかなすぎ人ですので・・・ミッションも遂行しません。心のままにだからこれ問題。
集団活動に一番困った感じの人でーす!

 

かえりに、ベイブレードで遊んでる小学生3人の中にも入って行ってみておりました。ギア好きだからね。先日お邪魔した家の子がしててうらやましかったしね。

プラスチック大好きボーイですよ。
なんかいつも刺激を愛してますよ。だから自然派ってわけでもない。無頼です。どこにもよっとりません。いつだってそこで遊ぶ子です。適切っぽいかというとそれは、、、もごもごもご。。。まあオリジナルですわな。定型のお子さんとはちょっとちゃうかと思います。

 

 

さてさて。。。じぶんをやる。
一人?群れ?社会?なにがいいのか、大きなお世話なことに、親は心配で、なやみます。

 

義母が、たぶん発達や知的に障害のある賢い子たちと働いているようなのですが、いつもうちの子が重なるらしいです。

絶対みんなとの集まりには来ないねえ。宴会とか。とのこと。

わたしもいるし、楽しいからおいでよ。っていっても絶対あの子は家族といることを選ぶねえ。

 

そうね。なんかわかるんです。

うちの子もだけど、そういう人はいて、幸せの事柄が違うのです。
私も何を隠そう、そうなので、夫もそうなので、わかるんです。うちら二人も怪しいもんでして!!!

 

みんな一緒ではないしな。というキラキラした思いもありますが。。。
人間の群れ社会から離れすぎるのも・・・とお母さんは悩みます。悩むタイプだからなんとか世間でやってる風なのかも。でも実はこうしたくないなあっておもってるので、てんでダメです。
じぶんをやっとらんね。もーまずじぶんから変わらんとぐらいやな。子供のお世話を焼いとる場合ではない。

 

自分を どうやってやるか。

 

とりあえず義母の仕事場の人はしごとをちゃんとして挨拶をして、やってるようなんで、大分素敵と思います。宴会は勘弁してもらっていいでしょうとおもいます。

それがそのこのベストかと。
そしてそれは私からするとすごいことなのだなと思うのです!!!!!家の人もすごく頑張って育てたんだなあと。

社会の自分と、自分らしい自分とをできるなんてすごいもの。
ぜひじぶんの時間はじぶんのファンタジーで休んでください〜!!!!

 

 

そんな調子の母さん、デイに行かせるのか、たいへん悩みます。

うちの子も家に帰りたい。家にいたい人。自分が望まないのに他人との交流なんていやだ。しんどいもんのひと。

学校だけでもがっくしだろうなあ。

また、そとでワーって自由に動きたいはずだと思います。

部屋の中にいなくてはならないのであれば、なにかできそうなやることをあげればみんなといれるかな。という感じに、うちのこが見えます。

 

でも私も素人ですし、小学校が始まり、日中ストレスが溜まったこの息抜きについて、もしかしたらデイの先生たちのほうがいろんな子を見ているから経験値が高いのかなと思います。

家にそのまんまストレスを持って帰ってきて、母ちゃんもどこまで受け止めれるのか。一回デイでその溜まったガスを抜いてリラックスしてから帰ってもらうってはなしをデイの先生にも聞いて、、、

 

そうかーそこのあたりは、わたしは正直わかんない。今の時点では。

 

本人の尊重と、本人の最善が何かで考えても答えがない。
間違えたらそれも糧とおもってやってみるしかないのかなあ。と思います。

 

家族には今はみんなデイに行くのが当たり前だからとかそういうことで決めるのは違うのではないかな。子供だけを見て。と意見もらいます。

 

しかしわからない。ほんとにわからない。

どんなふうになるの?

そしてわたしはうけとめれるの?わたしまで荒れるの?荒れるぐらいなら、面倒を見るのに適さない・・・ならば、人も頼れる日は頼ってもいいのかという本音もあります。

 

いろんな人に頼るのが上手な友達が、罪悪感がさいしょあったけど、いろんな人と育ててる幸せに気がついてきたから、今は最初と考えてたことが違うんだよと言っていたね。凄く素敵にみえるの、その関係性。そして、子供さんのキャラとそのやり方がすげーあってるよに感じます。良い日々のあり方をつくったなぁと、拍手です。


しかしうちの子はまたうちの子でちゃあてるしなぁ。

わからないときは動いてみてもいいのかなと思います。

自ずと答えが見えるだろう。。。

 

いきながら日々模索。

 

 

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合体するものブーム

6.01

合体ロボブームです。

 

基本なんでもいいらしい。

リハビリの病院にあったやつ。これすごく出来がいい。いつのなんだろう???

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一番笑えるのは、お父さんの小さいとき使っていたおもちゃでもいいらしい・・・

いまやってへんやつやけど・・・

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ふーん・・・

印籠???すげえなー水戸黄門なんだろうか???

 

ダイカストって書いてる。今とカタカナ横文字の響きが違う時代なんだな。

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ダイオージャっていうらしい。

 

義父母もよかったね。高いもの買わされてたはずなんで。その頑張りは成仏できたような気がします。

いつのやつなんだ???

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だって、最終回82年のやつやし。何年前や???35年も前。あは。物持ちがいいのはお母さんがすごいと思うわいつも・・・

 

ウィキペディアを読むと。。。

時代劇『水戸黄門』をモチーフとしているが、主人公・ミト王子の衣装や城のデザインなどは中世ヨーロッパ風のデザインとなっている。江戸幕府の中心地「江戸」をエドン国とみなし、江戸幕府に属する各領地をエドン国に属する同盟星とみなしている。本来の徳川光圀は老人だが、ミト王子は自由奔放な少年として描かれる。この特性を生かす形で、各星の悪人を懲らしめて各同盟星に平和をもたらすだけでなく、ミト王子自身の成長をも描く物語となっている。

番組の基本的パターンも『水戸黄門』を踏襲しており、私利私欲のために無力な民衆を苦しめている悪党達に向かって「鎮まれ! こちらにおわすはミト王子なるぞ!」と王子のお供であるスケード・カークスらが一喝するが、悪党達は「ミト王子がこんな所にいるはずがない!」と罵倒するのが常で、「ならば、その目で然(しか)と見よ!」と王子達が乗る三体のロボットがダイオージャに合体、その胸に輝く紋章を見て民衆および悪党の手下達は「ははーっ!」と平伏するものの、

 

っておかしいわ。エドン国ってさ〜
ほんまにうちのひとみてたんかいな。
ちょっとおねだりしたぐらいなんちゃうかいな。ほんまにもー。

 

というか残ってるおもちゃというのはたぶんそんな登場しなかった場合が多そう。気に入ってたものは使い倒してボロボロになって壊れたりしてお別れしていて、残ってるものは比較的いいコンディションを保てたってことは、無関心だったか余程大事だったかぐらいなのかな?予想ね。

 

さてうちのぼん、ジュウオウジャーがやっと抜けたみたいで、キューレンジャーゆうてます。

ふっ。だから、おもちゃは買ってはならんのだった。ふっ。

 

ね、刹那的な中毒三昧の日々。

 

キューレンオーうるさい。食玩ねー。。。

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お手伝い頑張ったら少しずつたまります。がんばれー。

昨日お手伝い0回だぞー。そんな体たらくだと買ってあげれんぞ頑張れー。

 

 

ダイオージャって、まあ根っこ的には、キューレンジャーと変わらないかんじのエバーグリーン感。かたやアニメ、かたや実写だけど。。。
そいや、アニメのロボとか宇宙の子供のみるやつて今あるのだろうか。。。

 

あまり進化しない業界なのかしら。

 

でも・・・最近は数がえぐい。

少子化だから数をたくさん出さないとダメなんだろうか???

 

せいぜい3つとか5個だったよな。と家族間で会話。
そのうちAKBとかエグザイルみたいに大所帯にしてみましたみたく、46ジャーとかなるんかねえ、、、とかしょーもな会話。

 

 

でもいつのときも合体ロボは子供の好物のようですな・・・

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